きみだから、嫉妬する。

きみだから、気づいて欲しくなる。


きみだから、―――こんなこと、するんだからね?

他の人には、絶対しないんだから。










M O M E N T  K I S S








ふぅ、と誰かがため息をついた。
アスは棍を持っていない、左手の甲で額に浮かんだ汗を拭う。
目の前にいた敵は全て倒されている。
そのことにホッと息をつき、そっと左手を右手首に添える。




いつもの遠征と違い、今日の遠征は少し慌ただしかった。
いつもなら一日に行く場所はそんなに多くはない。
けれど、今日は違った。

原因は昨日にある。
持ちきれない紋章球を倉庫の中にしまおうと思ったマオだったが、既に倉庫は満杯だった。
それで倉庫を大慌てで整理したところ、色んな物が出てきたのだ。
それは使わなくなった鎧だったり盾だったり、飾る場所のない壺だったり像だったり絵だったり。中には交易品も多数あった。

これから先のことを考えると、少しでも倉庫に空きを作っておきたい。
そう考えて、今日は各地に物を売りに行ったり、交渉して別の物を手に入れたり、手に入れたお金で新たな防具を買ったりしたのだ。

始めはビッキーのテレポートを頼っていたのだが、さすがのビッキーも、十何回にもわたるテレポートに疲れたらしく、最後の方は自分たちの足で歩いたのだ。

漸く今日の分だけではあるが、全てを売り払い、城に帰ろうとしていたところで、敵に遭遇したのだ。

それまでにも何十回と敵に遭遇していて、疲労も溜まっていたアスたちは、もうすぐ帰れると言うことで少し気が緩んでいたのだろう。
敵が襲ってくる直前までその存在に気づくことは出来なかった。

草陰から突如現れた敵の姿に、一番始めに気がついて、狙われたマオを庇ったのはアスだった。
棍でなぎ払い、驚いて尻餅をついてしまったマオを庇うように立ち、そこで自分たちが囲まれていることに気がついた。
運が悪いことに、マオは尻餅をついてしまった際に足を挫いてしまったらしく、挫いた足を庇いながらトンファーを振るっていた。
そんな動きの悪いマオを庇いながら、アスたちは戦っていたのだ。しかも囲まれた状態で。
敵の数は多く、誰かを庇いながらの戦闘が早く終わるはずもなく、アスは敵が襲ってくる直前までその存在に気づけなかった自分に小さく舌を打った。




漸く戦闘が終わって、今、ルックがマオの足を治している最中だ。
その様子を見ながら、アスはまだ少し荒い息を吐く。

左手を添えた右手にちら、と視線を向ける。
こういう時、自分の着ている服の袖が長くて良かったと思いながら、視線をマオとルックの方に戻す。


マオは近くにあった岩に腰を下ろし、ブーツを脱いで足をルックの方に差し出している。

始め、マオは怪我なんてしていない、と否定した。
けれど、マオの歩き方を見ればそれは一目瞭然で。
それを指摘すると、次は自分の紋章で治すと言ってきたので、それをアスとルックが否定した。
最近マオの顔色が悪い原因がその紋章であることを、二人は知っていたからだ。
ただでさえ、今日の疲労で顔色が優れないというのに、これ以上無理をさせるわけにはいかないと考えたアスが、やんわりとマオを説得させた。
マオに宿った紋章がその身体を蝕んでいることを隠したまま、今日の疲労と日頃の疲労が溜まっていて顔色が悪いから。そう言って。

そのおかげで、今マオは大人しくルックの治療を受けている。

その治療を見つめながら、アスは少しマオが羨ましいと思った。
―――否、自分が恨めしいというか。

アスは左手で右手首を掴み、小さくため息をつく。




「何、辛気くさい顔してンだよ」




そう言いながらシーナがアスの隣に並ぶ。
アスは隣に並んだシーナに、「ちょっとね」と苦笑いを返す。
そんなアスにシーナが、あからさまにため息をつく。




「・・・ったく。ソレ、お前の悪い癖だぜ?直ぐに隠し事すんの」

「・・・悪いけど、一度癖になってしまったことは、なかなか直せなくて」




シーナの言葉に、アスは自嘲する。

分かっているのだ。これは悪い癖なのだと言うことは。
その所為で何度後悔したことか。
昔も、―――今も。
けれど、解放戦争時代に身に付いてしまったその癖は、なかなか直ることがない。




「直す努力ぐらいはしろよ」

「さあ?これで後悔することもあるけど・・・得したことだって、あるから」




そう言って少しだけ瞳を伏せる。
見つめる先にあるのは、マオとルックの姿。

もし、隠すことなく素直に言えていたなら―――
そんな詮無いことを考えてしまい、自嘲しながらアスは俯いて、そこから視線を逸らす。


『素直に言えていたなら』?違う。『気づいて欲しい』のだ。
言わなくても気づいて欲しかったのだ。
態と気づかせないように振る舞っていたのは自分自身なのに。

これは嫉妬だ。
アスのことには気づかずに、真っ直ぐマオの方に行ってしまったルックに対しての。
ルックがマオを優先するのは当たり前のことなのに。
今ルックの軍主はアスじゃない。マオなのだから。
そんなことは分かっているけれど、それでも、胸にうずく気持ちが抑えきれない。


俯いたっきり黙り込んでしまったアスに、シーナはため息をつく。




「・・・理由は知らねぇけど、元気出せよ!」




そう言ってシーナがアスの背中を強く叩く。
その途端走った痛みに、アスは一瞬息を詰まらせる。
同時にズキッと強い痛みが右腕を襲い、思わず眉根を寄せてしまう。




―――・・・ッ、・・・!」

「お、おい?まさか、お前―――

「・・・なんでも、ない」

「『なんでもない』じゃ、ねぇだろ!」

「大丈夫、だから」




黙ってて、と額にうっすらと汗を浮かばせながら、アスは自分の唇に人差し指を当てる。
それを見て、シーナはまたため息をつく。




「・・・だから、それが悪い癖だって言ってるだろ」

「分かってる。でもあと少しで帰れるし・・・」

「今襲われたらどうすんだよ」

「その時はその時だよ」

「お前なぁ・・・」




また、シーナがため息をついた。
それを人ごとのように感じながら、アスは苦笑いを溢す。

シーナの言い分は分かる。
自分の状態なんて、自分が一番よく分かっている。

脈打つようにずっと痛みが継続して走っている。
既に棍を持っている感覚すらない。




―――・・・ヒビくらい・・・、入っているかも・・・




折れてはいない。それだけが救いだ。
痛みさえ我慢すれば、まだ棍を振るう事は出来る。


そう考えながら、アスがマオとルックの方に視線を巡らせると、治療は終わったのか、ルックがアスの方に向かってきていた。
その後ろでマオがブーツを履いている姿が見える。




「ルック、お疲れ様」

「・・・・・・」

「・・・?ルック?」




アスの目の前で足を止めたルックに、アスが言葉を掛けるが、ルックはアスを見つめたまま黙っている。
アスがそれに首を傾げ、もう一度ルックの名前を呼ぶ。




「ルック?」

「・・・・・・腕」

「・・・・・・え?」

「腕、見せなよ」




そう言ってルックはアスに腕を差し出すよう、右手を差し出した。
その言葉と行動に、アスが目を瞠る。
それは隣にいたシーナも同じらしく。




「お前、良く気づいたな〜」

「・・・うるさい」

「へぇへぇ。じゃ、オレはマオの方に行ってるわ」




そう言ってシーナはアスとルックに背を向けて歩き出す。

まだ少し呆然としているアスに焦れったさを感じたルックは、ため息をついて、棍を持ったままのアスの腕を取る。
そして袖を捲ると、顔をしかめた。

肘の少し下の辺りが、赤く腫れ上がってしまっている。
恐らく熱を持ち始めているのだろう。ちら、とアスの顔色を窺うと頬は少し赤く染まっていて、額にはうっすらとではあるが汗が浮かんでいる。

―――もっと早く言ってくれればいいのに。
そう思いながらも、ルックがそれを口に出すことはない。
アスはマオが怪我をしているというのに、自分も怪我をしている、と言えるような人間じゃない。

その頑固さに呆れて、ルックがため息をつく。




「・・・気づいてたんだ」




ルックが右手に宿した風の紋章を発動させると、アスがそう溢した。
その言葉に、ルックは一度アスの顔色を窺っただけで、何かを言うことはなかった。
そのことが、逆にアスには辛かった。


アスの怪我に気づいていたのに、ルックはアスではなくマオを優先した。
そのことは決して間違っていない。

マオの怪我がアスより軽傷であっても、マオが軍主である限り、マオを優先させるのが当たり前だ。
それが、戦争ではなく、ただの遠征中の出来事だとしても。

それを理解しているのに、気持ちがついて行かない。

そんな嫉妬に塗れた気持ちもあれば、逆に嬉しいという気持ちもある。
気づかれないように振る舞っていたのに、長い付き合いであるシーナでも気づかないように振る舞ったのに、それでも気づいてくれたことが、すごく嬉しい。

そんな正反対の気持ちが混ざって、どうしたらいいのか分からなかった。

アスはルックから視線を逸らし、奥歯を噛みしめた。
そうでもしないと、気持ちが抑えられそうになかった。




「・・・・・・以前、言ってたから・・・」

「・・・?・・・何?」

「以前、アスが言ったから」




―――今の軍主はマオだよ。優先するのは、優先すべきなのは、・・・僕じゃない。




その言葉に、またしてもアスは言葉を失う。
確かに言った記憶がある。
けれど、それをルックが覚えているとは思わなかった。

ルックはあまり人の意見は聞かない。
『命令』ならば渋々、というときもあるが、『意見』が自分と食い違ったとき、その意見を無視することの方が多いのだ。
アスには、そんなルックが自分の言葉を覚えているとは思わなかった。




―――その言葉がなかったら、真っ先に君の方に向かってたよ」




「・・・ったく、無茶をするね」と呆れ気味に言うルックの言葉を聞きながら、アスは一歩ルックに近づき、トン、とルックの肩に頭を乗せる。




「・・・アス?」

「・・・ごめん」

「・・・・・・・・・?」

「どうしてマオの方に行っちゃったんだろう、って・・・思ってた」

「・・・・・・」

「どうしてマオの怪我には気づくのに、僕の怪我には気づかないんだろうって」

「・・・・・・」

「だから、気づいてたって知って、嬉しくて・・・でも、悔しくて・・・」




ルックの服をぎゅっと握りしめて、でも顔は見られないようにルックの肩に押しつけて。
するとルックの空いている左手が腰にまわされた。
けれど、右手は変わらずに治療が続いている。




「ぐちゃぐちゃして、・・・どうしたらいいのか、分からなくなって・・・」

「・・・・・・良いよ、もう」

「ごめん、・・・ごめんね」




アスの言葉に、はぁ、とルックがため息をつく。
そしてルックの左手がアスの腰から離れると、アスの身体をルックから離す。
そのことにアスが困惑していると、ルックの右手がアスの頭の後ろに回され、左手はまた腰に回され、引き寄せられる。




―――ッ!?・・・ん、・・・!」




唇が触れ合う。
それは直ぐに離され、けれどまた直ぐに重なる。
今度は直ぐに離されることはなく、アスの息が続かなくなる。
ルックの唇が少し離れた隙に息を吸おうとするが、また直ぐに重ねられ、息を吸おうとして開かれた唇からルックの舌が入ってくる。

ルックがアスの舌を堪能して漸く離された二人の唇の間に、糸が伝う。
アスの口からこぼれ落ちたそれを舐め取って、ルックは満足したように笑う。




「お詫びなら、言葉よりこっちの方が良い」

―――・・・ッ、・・・!!」

「こういうおまけが付いてくるなら、ヤキモチも大歓迎なんだけど?」




そう言ってルックの手が離れていった途端、アスはぺたんとその場に座り込んでしまった。
口元を隠し、真っ赤になった顔のまま、潤んだ瞳でキッとルックと睨みつける。
そんなアスにルックが手をさしのべる。
そのルックの手に自分の手を重ねようとして、そこでやっとアスは怪我が治っていることに気がついた。

ルックの手の上に自分の手を重ね、ルックに立ち上がらせてもらうと、アスは何かを小さく呟いた。
けれど、それはあまりにも小さすぎてルックには聞こえなかった。




「?・・・何―――




そう、ルックが問おうとして、けれどそれはアスの口に吸い込まれてしまった。
微かに触れていった、本の一瞬の出来事に、ルックは瞠目した。




「治してくれて、・・・ありがと」




顔を真っ赤に染めながら、アスが微笑む。
そして言うが早いか、直ぐに背を向けて先を行くマオたちの方に駆けていく。


「ルック、置いてくよ〜?」と、少し離れたところからマオの声がする。
けれど、そんな声など聞こえないのか、ルックはマオたちに背を向けたまま、口元を押さえている。
顔を、真っ赤に染めて。




「・・・やってくれるね」






気持ちが抑えられないほど、

あなたが、好きだから。


お礼と、お詫びを込めて。

本の一瞬だけの―――キスを。








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* * * * * * * 後書き * * * * * * *




祝!40000hit!&明けましておめでとうございます。

今回は・・・書いていて恥ずかしくなりました・・・。
キスシーンを書くのは苦手です・・・。
嫉妬とか、書くの難しいですね。
特にアスの場合は。
元々アスはのほほん、としている子なので・・・。
ティルはマイナス思考なので、逆にスラスラ書けたりするんですが・・・。

すごく勢いで書いたので、あまり上手く文章がまとまってません。
今年はもっと色々勉強します。

こんな物で良かったら是非もらってください。
(著作権は放棄しません。管理人:玻璃のものです)

それでは、今年も一年よろしくお願いします!
日ごろの感謝を込めて。

管理人:玻璃より