空に輝くは赤い星。

その周りに集まる、幾つかの星。


それらは輝きを増す。

そして、時代が動き始める―――










B E G I N










少しだけ面倒だな、と思いつつイースは廊下を歩いていた。
教科書と参考書を三冊ほど小脇に抱え、空いている方の手で開いている本を支え、足を止めることもなく、字を目で追う。

次の授業までには少し時間があると思っていたのだが、そうでもないらしく、既に次の授業に向かう生徒がイースの横を通り過ぎていく。
イースはその背中を目で追うと、本を閉じ、いくらか足を速めた。


次の授業は剣の実習だったはず。
戦に巻き込まれてしまったこともあり、最近ではその授業に入れる力が増した。
遅刻でもすれば、授業を受ける前にこっぴどくお叱りを受けてしまう。
それだけは勘弁だった。




「・・・あれ?」

「あ、」




動きやすいチュニックに着替え終わったイースは、中庭に出る途中で一組の少年少女に出会った。
少女が少年の方を引っ張っているようにも見える。
少女の方はピンクの胴衣を着ていた。茶色の短めの髪は少し巻いている。その髪には道着と同じピンクのリボンを巻いていた。
もう一人の少年は真っ赤な胴衣を着ている。茶色の髪から覗くのは金の輪。むき出しになった手には、茶色の手袋がはめられていた。

イースはその手袋を、すっと細めた瞳で見つめた。
けれど、相手にそれを気付かれないうちに、イースは親しみの湧くような笑顔を向けた。




「えっと、転入生・・・かな?」

「あ、はい。でも、迷ってしまって・・・」

「そうなんだ。道案内してあげたいけど・・・もうすぐ僕、授業なんだよね」

「・・・そうですか」

「丁度良いし、見学していったら?授業見学していたって言えば、誰も文句は言わないだろうから」




イースはにっこりと微笑むと、中庭の方を指さした。

そう言われて困ったのは少年の方だ。
少女の方は喜んでいるように見えるが、少年の方が困っているように見える。

少年は一緒に来た仲間のことを考えていた。
彼は決して一人で来たわけではない。ここに来たのも目的があり、それを果たさなければならない。
実際に彼の頭の中では、一人の少年が不機嫌そうな顔をして少年を睨み付けている姿が浮かんでいる。

けれど、迷っていることも事実であり、目的を達成するためには、学校の内部もよく知っていた方がいい。


返事をしない少年に向かって、イースが笑いかける。




「僕、この道を突き当たりまで行ったところの中庭で授業があるから、気が向いたら来てみて」




そう言うと二人に手を振って、本来走ってはいけない廊下を駆けていく。
少女はそれに手を振り、「ありがと〜!」と言葉を返す。
その隣で少年も小さく手を振った。




「・・・行かないの?学校の案内してくれるって言ってくれたのに」

「ナナミ、僕たちには目的があるんだよ。確かに学校案内してもらえるのは嬉しいけれど、きっと今頃はアイリたちも捜してるだろうし・・・」

「う〜・・・だ、だけど!情報収集も必要なんでしょ?きっとさっきの人だったら色々教えてくれるよ?」




ナナミ、と呼ばれた少女が、懸命に説得を試みる。少年はそれを黙って聞いている。
人の気配のない廊下は物静かで、ナナミの声が良く響く。そんな廊下を走り去っていったイースの姿を追うかのように、少年はイースの去っていった方向を見つめるが、その先にはもちろんイースの姿などない。




「少しでも現状を把握しておきたいし・・・行ってみようか」




少年の言葉に、ナナミの顔が明るくなったのは言うまでもない。






+ + + + +






それは少年にとって初めて見るものだった。

陽の光を浴びて光りを零す剣。その剣がぶつかり合い、更に光を反射させる。
二人組で組んでいるのか、剣を持っている二人の少年以外の生徒は、その二人を取り囲んで模擬試合を見つめている。
時折、「頑張れ!」「そこだ!」等の歓声が上がるが、そんな物は少年の耳に入ってはいなかった。


剣を持つ少年が動く度、少年の背中の中程まである髪が流れる。
初心者には到底見えない綺麗な型。
すっと伸ばされた背筋に、全く隙は見られない。
細い体躯からは想像できないような力で、相手を圧倒している。


生徒が着ている胴衣は全く同じ物の筈なのに、その少年が着ている物は全く違う物に見える。

しなやかな動き。
迷いのない剣の筋道。
全く隙のない型。


それはまるで試合ではなく、剣舞を見ているような錯覚に陥るほど美しかった。


ナナミが横で何か言っていたが、少年の耳にそれは届かなかった。
少年の意識―――五感全てが、あの道着を翻す少年に釘付けになっていた。


少年が気がついたときには既に試合の決着は付いていた。


一瞬の隙をつかれ、顔面すれすれを剣先が通っていきバランスを崩し、尻餅をついてしまった。慌てて起きようとしたが、目の前には剣先が突きつけられ、妖しい光を放っていた。




―――僕の勝ち、・・・ね?」




そう言った少年の息は全くと言っていいほど乱れていない。こちらは肩が上下するほど息が荒くなっているというのに。

差し出された手を取り起きあがると、周りから声が上がる。




「・・・っはぁ、やっぱ、イースはつえーわ」

「そう?でも君も充分強かったよ?」

「息も乱してないやつに言われたくはないね」




その言葉に互いに苦笑いを浮かべると、周りからも笑い声が飛ぶ。
そんな中、イースは際ほど廊下ですれ違った少年を見つけて、自分を取り囲む同級生を掻き分けて少年の方に駆け出した。




「来てくれたんだ」

「はい!お言葉に甘えて来ちゃいました!」




イースの言葉に、ナナミが返事を返す。
その隣で少年は放心状態でイースを見つめていた。




「フェイ?フェイったら!!」

「え、あ?ああ!!」

「大丈夫?」




ナナミの声に、少年――フェイが漸く目の前にいるイースに気がついて声をあげる。
イースはそんな少年に、柔らかく微笑みかけた。

イースはフェイから見て、十六歳前後に見える。が、本当はもう少し幼いのかもしれない。彼のまとう雰囲気はすごくやわらかくて、優しくて、暖かくて。
だから少し大人っぽく感じてしまうのかもしれない。

フェイはそう思いながら、イースに微笑み返した。




「初めまして。ボクはフェイマオです。フェイって呼んで下さい」

「私はナナミ!フェイのお姉さんです!」

「僕はイースって呼ばれてるよ。宜しくね」




ナナミが笑顔でフェイの腕をとり、自分の腕と絡ませる。
まるで恋人同士のようにも見えるその行動にイースは穏やかな笑みを浮かべた。そしてフェイの目の前に左手を差し出す。
フェイも差し出されたイースの手を見てその意図がわかったのか、間を空けずに、その手に自分の手を重ね、「こちらこそ」といいながら優しく握る。

イースの手はフェイの手と比べて少し華奢にみえた。さっきまでこの腕が剣の柄を握り締めていたとは想像出来ないほどに。
だからフェイがイースの手を握り締めるのを躊躇っていると、イースのほうが握る力を増した。
そしてその上に、ナナミがそれを包み込むかのように挟み込む。




「私もね!宜しく、イースさん」

「うん。でも敬語じゃなくていいよ」




早く仲良くなりたいからね、と言うイースに、ナナミが深く頷いた。フェイも、少し躊躇ったが、ナナミが頷いたのを見て渋々「わかりました」と返した。
その様子に、イースが「無理はしなくてもいいけどね」と返す。

そのとき、イースの後ろから声がかかる。
イースがその声に振り返ると、そこには先ほどイースと対峙した少年がいた。




「そろそろ授業に戻らねぇと、先生の雷が落ちるぞ〜!」




そう意ってすぐに踵を返し、未だ行われている最中である授業の輪の中に戻っていく。
その少年の言葉に、フェイはようやく、未だこの時間は授業中なのだということを思い出した。
そして大慌てでイースのそばから離れる。




「すみません、未だ授業中ですよね!?迷惑かけてしまって」

「大丈夫。迷惑なんかじゃないよ。僕はさっきまで頑張っていたから、『少し』休憩しているだけだよ」

「でも、そろそろ戻らないといけないんじゃないの?私達、ここで見てるから・・・」

「・・・『授業見学』もいいけど、少し暇だよね?」




イースの問いかけにフェイとナナミは顔を見合わせた。

確かに、暇と言ったら暇になる。もとより勉学に励むよりは体を動かしているほうが断然好きな二人のことだ。先ほどのイースの模擬試合を見ていて、少しからだが動かしたくなったのは紛れもなく事実である。

けれど、はっきり「そうだと」言うわけにもいかない。
イースの言う通り、授業を見学することは悪いことではない。決して時間の無駄ではないのだ。まして、幼いころから憲法を習ってきた二人にとって、誰かの戦い方を見ることは勉強の一環だった。
それにここで暇だ、と言ってしまうのは何よりここに案内してくれたイースに失礼である。




「いいえ?大丈夫ですよ。ここで見ているのも楽しいですし」

「それにね!おじいちゃんは『いい技は他人から盗め』って言ってたもの!」




「ね?」と二人が頷きあうと、イースがクス、と小さく笑う。
「仲のいい姉弟なんだね」といったイースの言葉に、二人は仲良く肯定の返事を返した。
イースはそんな二人にちょっとここで待っていて、というと、踵を返し、先ほどの少年と同じように授業の輪の中に混ざっていく。

その輪の中心では、今度は別の二人組みが三組、剣を交えていた。
イースとは全く違うその型は到底綺麗なものとはいえなかったが、それでもこの年にしてみれば良く出来ているほうだと思われる。
そのことにフェイは眉根を寄せながら、その三組を黙って見つめていた。
声をかけてきたのは、ナナミの方からだった。




「フェイ、さっきのイースさん、綺麗だったね」

「・・・うん」

「どうしたの?元気ないよ?」

「・・・うん・・・授業でさ、こんなことやるんだなって思って・・・」

「こんなことって・・・ああ、剣のこと?」




ナナミの言葉に、フェイが頷く。
フェイとナナミの耳に、キンッ、と剣と剣がぶつかり合う音が届く。
訓練用とはいえ、それはほとんど兵が使っている剣と変わらない。変わったとしても、多少鋭さが鈍いか、いくらか軽いか・・・それくらいのものだろう。
剣は、人を傷つけることが出来るものだ。それを、旅人でもないのに、頼まれもしないというのに教え込まれているのだ。本来なら、兵士として志願する気のない者達は、剣を触る機会すら殆どないだろう。




「早く・・・終わらせなくちゃね」




『何を』とはナナミは言わなかった。けれど、ナナミの言いたいことはわかって、フェイは黙ったままその言葉に頷く。

それからまもなくして、イースが帰ってきた。
授業の終わらないうちは戻ってこないと思っていたフェイとナナミは、少しそのことに驚きながら、走ってくるイースを見つめた。




「二人とも、こっちにおいで」

「え?でも授業の邪魔になるんじゃ・・・」

「大丈夫、許可はもらったから。それとも、二人とも体を動かしたくない?」




イースの言葉に、二人は大きく首を振った。
しかし、イースの考えていることが良くわからなかった。
こういう問いかけをしてくるのだから、体を動かすことをするのだろうけれど。

イースに連れてこられた時、すでに三組のうち二組は試合を終えていた。
その空いた場所に、イースとともにフェイが入る。フェイとにつられてナナミも入る。




「あ、あの・・・?」

「教師には許可もらったっていったでしょ?それにもうこの授業も終わるしね。この授業のあとは僕たちも放課だし・・・体動かしたいんじゃない?」

「え・・・?」

「胴着着てるって事は、それなりにやれるんだろ?剣が使えないなら無理に剣を使えなんて言わねぇからよ、俺らと模擬試合しねぇ?ってことだ」




戸惑っているフェイたちにイースが誘ってくる。そのイースの肩に腕を回しながら、イースの言葉に未だ戸惑っているフェイに話しかけてきたのは、先ほどイース対峙していた少年だった。
片目を閉じ、明るい笑顔を向けてくるその少年は、年相応で。

フェイは一瞬目を見開いたあと、その笑顔につられて笑みを浮かべながら、首を小さく縦に振った。


彼の名前はジン、というらしい。
ジンはその場にいたクラスメイトたちに「いいか?」と尋ねると、クラスメイト達は大きく二つ返事を返した。
どうやらジンという人間はこのクラスのリーダー的存在なのかもしれない。




「ね!私も良い?」

「ナナミちゃんも?多分大丈夫だよ。でもけがはしないようにね?」

「はぁい!!」

「もともとこの授業は、『相手の型を見て自分が学び、そして互いに技を高めあう』、てのが目的なんだ。だから同じ人間相手だとあまり意味がねぇの」

「そうなんですか。僕は強いんで、たくさん学んでくださいね?」

「お!言うねぇ?じゃ、イースとやってみるか?」

「「え?」」




ジンの言葉に、二つの声が重なった。
片方はもちろんフェイの物で。もう片方はいきなり名前を出されたイースの物だった。
二人とも驚いたように顔を見合わせると、もう一度ジンに視線を戻す。
ジンはそんな二人の視線を受けながらも、ニッと笑い、イースの方に歩いていくと、またイースの肩に腕を回し、イースに「良いじゃん?」と言った。
そんなジンに、イースは文句一つ零さず、ジンの思惑を理解したかのように「良いよ」、と微笑み、ジンから離れると踵を返した。




「でも、イースさんはさっき試合して疲れてるんじゃ・・・?」

「あんなので疲れるようなやつじゃねぇんだ。見てたなら解ると思うけど、あいつは強くてね。俺らなんかじゃ役不足なんだ」

「でも」

「さっきあんた自分で言ったろ?『僕は強い』ってな。これでも見る目はあると思う。あんたにとっても、俺たちじゃ役不足だと思うんだ。どうせなら強いやつとやりてぇだろ?」




ジンはそう言ってさらに笑みを深める。そんなジンの心遣いに、フェイは「ありがとうございます」といった。

それから一分もしないうちにイースが戻ってきた。
その手には黒塗りの棍が握られており、それを取りにこの場を離れていたことが解る。

黒塗りの棍は丁寧に磨き上がられており、一目で手入れが行き届いていることが解る。
棍の先には金で細かい模様が彫られていた。
その棍は端から見れば本当に綺麗な物にしか見えないが、それでもフェイはそれがかなり使い馴らされていることを知っていた。
それは半年ほど前には自分の隣に棍使いがいたからだ。彼の持っている棍はイースの物ほど豪華ではないが、それでも連日の鍛錬で鍛え上げられたそれはイースの持っている物とさして変わらない。
逆に言えば、イースの持っている棍はそれほどまでに使い慣らされており、それを持っているイースは相当な手練れだと言うことだ。

フェイはその棍を見つめて、より強くトンファーを握りしめた。






―――強い・・・!!


イースと対峙して一番始めにそう思った。
ジンとの試合を見ていても思ったことだが、あまりにも隙がない。
フェイは先ほどジンに言ったように、この歳の少年にしてみれば相当強い方だ。けれど、だからこそ、相手の強さがよりはっきり解るのだ。
強いと解っていて、隙がないからと、むやみにつっこむことは出来ない。反撃に遭ってしまうのが解っているのに、そんなことはしない。
だからフェイは防御に徹することに決めた。攻撃を繰り出す瞬間に隙が見つかるかもしれない。そう思ったから。―――なのに。


イースの細腕は見た目からは信じられないほどの力がこもっていて、棍がトンファーに叩きつけられるたびに、フェイの腕は痺れる。
それなのにとても身が軽くて、反撃しようとするとするりと交わされてしまう。そして交わした途端にフェイとも間合いを詰められてしまう。
自分の身を守るのに精一杯で。漸く繰り出すことのできた一撃は交わされる。
イースの長い髪の毛、一本に触れることすら出来ない。


少し息が乱れ始めて、それでもイースから目を離さないでいると、イースはフェイの腹の辺りをめがけて突きを繰り出してきた。
フェイはとっさに足を踏みとどめ、トンファーをクロスさせ、その棍から身を守ろうとする。
フェイの予想通り棍の先はフェイのトンファーに当たったが、それはさほど威力はなかった。
けれど、目の前にいたはずのイースの姿もなくて。
はっと気が付いたときには手遅れだった。
しっかりと地を踏みしめていたはずの足は、イースの足に当たってバランスを崩してしまう。
倒れないように足を一歩踏み出したところで、今度こそ腹を狙ってきたイースの一撃をまともに受けてしまう。


けれど、それは大した威力はなくて、フェイは倒れることはなかった。が、決着は付いてしまった。




「・・・足払いするなんて思ってもみませんでした」

「きみはあまりよけようとはしないんだよね。多分武器が防御するにも向いている物だからだと思うけど・・・。だから防御するときは受け流そうとはしないで踏み留まろうとするんだよ。確かにその方が攻撃に転じやすけど、隙も出来やすいんだ。特に次に攻撃がくる場所が解っているとね」




フェイはすっと立ち上がると悔しながらにそう零す。そんなフェイに、イースは笑顔で教えてくれた。イースの言葉にフェイが納得していると、ジンがフェイの肩に腕を回してきた。




「やっぱり俺の目は正しい!あんた、やっぱり強かったな!」

「イースさんには負けましたけどね」

「イースは強すぎんだよ。気にすんな。おかげで良い物見せてもらったぜ?」

「私も!手に汗握っちゃった!」




ナナミが「大丈夫?」とフェイに駆け寄ってくると、フェイは「大丈夫だよ」と返す。
ジンはいつの間にかイースの側に行っていた。
イースは少し乱れてしまった息を整えようと深呼吸をしていると、ジンに話しかけられた。




「その棍、初めは新品かと思っていたけど、違ったようだな」

「・・・まぁね」

「少し本気だったろ?」

「少しどころじゃないよ。本気で来る相手には、手加減しない」




そう言ってイースはクラスメイトの数人に囲まれているフェイを見つめる。

イースの顔からは笑みが消え、少し冷たい視線でフェイを見つめていた。
右の手の甲が少し熱くなったのを感じ、左手をその手の甲に重ねる。
そして『間違いない』と確信する。






―――・・・刻が・・・」







「?なんか言ったか?」

「・・・別になんでもないよ。それより、もうとっくに授業終わってるんだから早く片付けないと・・・」




イースがそう言ったとき、周りがざわめいた。
それと同時にジンも中庭の入り口の方を向いて目を見開いていた。
ジンの視線を追ってイースもそちらの方に視線を向けてみると、そこには一人の少年が立っていた。



少し長めのオリーブグリーンの髪に彩られた整った貌。
前髪隠れていたのは金色のサークレット。そのサークレットの真ん中に着けられているのは、瞳と同じ翡翠色の石。
細い体躯が身に纏うのは白と緑の法衣。
けれどどこかとても冷たく、とても鋭くて。




「・・・こんなところにいたのかい」




イースはその容姿も、だったが、それよりもその声に体を震わせた。
自分より幾分大きい体つきをしているジーンを盾にするかのように身を潜ませる。

ゆっくりと中庭の方に足を踏み入れるその少年に、視線を向けることなど、今のイースには出来なかった。

頭の中が混乱している。落ち着いて現状を見極めようと思うのに。









どうして。
どうして。

どうして、『彼』が、ここにいる―――――









かたかたと身を震わせるイースに視線を向ける物は誰もいなかった。
たった今現れた美少年に誰もが視線を向けているし、美少年は真っ直ぐにフェイを見つめている。
その貌にはいささか不機嫌さが現れていた。




「る、ルック・・・」

「いきなりいなくなったかと思えば・・・その年で迷子かい?」

「違うよ!授業見学だよ」

「勝手に行動するなら一言くらい言ってくれない?捜す身にもなってよね」

「ごめん。もう戻ろうと思っていたところだったから・・・」

「ならとっとと戻るよ」

「ちょっと、ルック!じゃ、僕は迎えがきたので・・・」




言うが早いか踵を返し校舎の方に歩き出してしまった少年――ルックと生徒達を交互に見て、生徒達の方に簡単に礼を述べながらフェイが頭を下げると、フェイはルックの方へとかけていった。ナナミもフェイと同じくお礼を述べると二人の方へと走っていく。


ルックが去ったのを確認して、イースは大きくため息をつく。
未だ少し震える右腕を左手で抑え、いつもと同じ笑顔を向けて呆然としているクラスメイトに声をかけた。





「早く片付けないと、夕飯を食べ損ねちゃうよ」




その言葉を聞いて、クラスメイトのみんなは慌てて片付けを始める。
こんなに授業を頑張ったのだから、いつもよりもお腹が空いているのだ。なのに食べ損ねるのはごめん被りたい。

そんなクラスメイト達の片付けに、イースも混ざる。
剣を鞘に戻し、集め、器具庫まで持って行く。それだけのことなのに、未だ震える右腕の所為で思ったよりも捗らない。
忙しい中、その事に気づく者はいなかった。ただ一人、ジンを除いては。


ジンは先ほど自分の後ろに隠れ、息を潜め震えているイースを思い出して、眉根を寄せた。

一波乱ありそうだと。それが悪い方向に進んでいくのではないかと、ジンは誰にも気づかれないようにため息を吐いた。









静かに、星は光り始める。
輝きを増す星に気づく者はわずか。
それとともに時代が動くことに気づく者もいない。


星は止められる。

けれど、動き始めた刻を止めることは出来ない。




それでも、足掻く事は出来る―――――

そう、信じたい・・・











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【begin】・・・動き出す・始まる



* * * * * * * 後書き * * * * * * *




漸くルック登場。
でもイース(坊)との絡みがない上に出番が少ない・・・。
登場だけ少しまとも。でもすぐにいなくなってしまいました・・・。

ルックよりもジンが出張ってます。オリキャラなのに。
しかも始め出る予定はなかったんです。
なのに重要キャラになってそうで少し怖いです・・・

2主のフェイマオは実は飛猫と書きます。
本当は偽名も考えようと思ったんですが、色々とややこしくなるので、偽名はなしとなりました。
彼とナナミのキャラがいまいちつかめてない・・・です。

次は書きたかった話なのですらすら書けると良いな・・・と思ってます。