静かな部屋の外では、未だ生徒がうろついているのか、話し声が聞こえる。
部屋の中に、本来ならこの部屋にはもう一人いるはずだった。
未だおそらく姉と散歩でもしているのだろう。まともに情報集めなどやっているとは思えなかった。
夕食を食べ終え、部屋に戻ってきたルックはベッドに横になっていた。
いつもならこの時間は未だベッドには入らず、魔道書でも読んでいる時間なのに。といっても、別に寝るためにベッドに入っているわけではない。
ベッドの側にはルックと一緒にこの学園に入った真っ白い狼がいる。
本当に大人しいもので、真っ白い狼は珍しいからと周りの人に騒がれても、この狼は動じなかった。
今は慣れない土地で疲れてしまったのか、質素な絨毯の上で丸くなって寝息を立てている。
そんな狼など気にもせず、ルックは天井を見つめる。
サークレットをはずした額に乗せた手は、右目も覆っている。
―――良いことを教えてあげる
何度も何度も思い返すのはティルのこと。
背中を流れる漆黒の髪。
身につけていたのは、この学校の制服。
変わっていたのはそれだけだった。身長も、声も、全く変わってない。
当たり前といったら当たり前なのだ。――――彼は不老なのだから。
けれど、今まではそれを実感することはなかった。
この三年の間、時の流れに逆らうことなく、ルックは成長した。伸びてきた髪を切り、新しく自分の体にあった服を着るようになった。以前は届かなかった所にも手が届くようになり、少しは力も増したと思う。
けれど、彼にはそれはない。
髪は伸びているようだが、身長は変わっていないのだろう。
以前は殆ど同じ身長だったはずなのに、いつの間に抜かしたのか、今では彼を見下ろさなくてはならなくなった。
「・・・変わらない、か」
―――いや、変わった。
呟いた後、すぐにルックはその言葉を否定した。
ルックには、今の彼のことが全く解らなかった。
彼がティルだと解っているのに、彼の言葉はまるで知らない人の言葉のようにしか思えなかった。
彼が何を考えているのか、ルックには解らない。
けれどもそれを理解しようと、ルックはまた森の中での出来事を思い出そうとしていた。
+ + + + +
「これ」
「え・・・?」
「ピアス、着けてくれてたんだ」
そう言ってルックはティルの左耳に着けられたピアスに手を伸ばす。
ルックの手の伸ばされた先を知ると、ティルは小さく微笑む。
「そのおかげできみを見つけることが出来たんだよ」
「そうなの?」
「このピアスには僕の魔力が注いであるからね。ある程度距離が近づけば感知できるよ」
「だからか。僕は完全に気配を消したつもりだったのに、ルックはすぐに気が付いたから驚いたよ」
ティルに訊きたいことはたくさんあった。
それと同時に、ティルにも訊きたいことはあっただろう。
でもそれをお互い口に出すことはしなかった。
口にしようと思えば出来たかもしれない。けれど、ティルの中には未だ警戒の色が残っていた。
元々警戒心の強い人間ではあったが、ルックのような親しい人間には多少それも弱まっていたのに、これではまるで初めてあったときのような感覚に陥る。
「・・・ティル」
「・・・・・」
ティルは自分が呼ばれたというのに、顔色を厳しくした。それはどこかルックを睨みつけているようにも思えた。おそらくこの後のルックの言葉が理解できていたのだろう。
「どうして、ティルは・・・」
「ルック」
ティルはルックの言葉を遮った。呼ばれたのは名前だけなのに、それはとても強い声色で、ルックはその声に思わず閉口してしまった。
そんなルックを見、ティルはため息を落とす。
「悪いけど、僕はルックの質問には一切答えられない」
その言葉を聞いて、ルックはやはり、と思った。
どうしてティルが答えられないのかまでは知らないが、ティルの様子からして答えたがらないことは解っていた。
けれど、ルックには訊きたいことがあった。
どうしてソウルイーターの気配がないのか。
どうしてこの学校にいるのか。
どうして、―――獣の紋章の側にいるのか。
考えてみればその答えはすぐにわかる。けれど、その答えを認めたくはなかった。だからこそ訊きたかったのに。
おそらくティル自身もルックにどんな質問をされるのか解っているのだろう。だからこそ、その質問に答えられないと言ったに違いない。
けれど、ルックにして見れば肯定されたように感じるのだ。
ルックが閉口していると、ティルは言葉を続けた。
「けど、その代わりに良いことを教えてあげる」
寮の方からティルを呼ぶ声が聞こえた。
ティルのクラスメイトなのだろう。もう休み時間が終わる。だからティルを捜しているのだろう。
けれど、ティルはその声が聞こえていないかのように、ただただルックだけを見つめていた。
ティルの青灰色の瞳は、深い闇のようにみえた。
「『お化け』を追ってみて」
その言葉に、ルックは驚いた。
この世界に『お化け』がいるとは思っていない。それをティルが信じているとも思えない。だとしたら『お化け』は他の何かを顕しているのだろう。
けれど、ティルはルックにそれを尋ねさせる時間も与えずに踵を返し、ルックから離れていった。別れの言葉もなしに。
けれど、ルックはティルを追うことはしなかった。
ティルの背中が、ルックを拒否しているように思えた。
ルックはその場で手を握りしめ、ただティルの背中を見つめることしかできなかった。
+ + + + +
そっと額に追い立てを滑らせれば、耳に付いているピアスに手が触れた。
ルックはそのピアスを大事そうに撫でながら、対となるピアスを意識する。
近くに、それはあるはずだった。
もう日が暮れて、学生はこの寮の中で過ごすことが原則的に決まっている。
ティルもこの学校の学生でこの寮のルールは守らなくてはいけないのだから、この寮のどこかの部屋にいるはずだ。
それなのに、ルックがその魔力を感知した場所は、この寮の中ではなかった。
その事にルックは驚き、身を起こす。
それにベッドの側にいた狼がルックに視線を向けたけれど、ルックはそんなことにかまっている余裕はなかった。
もっと強くピアスを意識すれば、更にその居場所がはっきりとわかる。
けれど、やはり其処はこの寮の中ではない。
感知できるほど近くにはいる。だからこの市の中にはいるのだろう。
けれど、この寮からは離れたところだと、ルックは感じ取った。
それとほぼ同時に部屋の扉が開かれ、見慣れた顔が姿を現した。
その後ろにはまたしても見慣れた少女と、幼い子供が一人。フェイとナナミとピリカだ。
その姿に、ルックと狼が顔を上げる。
「ルック、シロ・・・」
「・・・何」
「・・・お化けが・・・」
「・・・・・・は?」
「今そこに、お化けが・・・」
「お化け?」
どこかで聞いたことのある単語に、ルックが記憶を巡らせる。
それを思い出すのに、大して時間はかからなかった。
それは先ほど思い返していた言葉だったからだ。
「ニナちゃんが言ってたの!最近お化けがこの学校にいるんだって・・・」
『お化け』が怖いのだろう。いつもは元気の良いナナミがフェイの背中に隠れて少し震えている。そのナナミの服の裾を、ピリカが不安そうに握りしめているのを見て、狼――シロが起きあがり、ピリカの側に近寄り、その小さな顔を舐めてやる。
「『お化け』、か」
―――『お化け』を追ってみて
森の中で、ティルが、確かにそう言った。
あの時はいきなり何を言い出すのかと思ったが、『お化け』というのはこれのことなのだろうか。
ティルの言葉がどういう事なのか、確かめてみたいという気持ちがルックの中で生まれた。
「それで、君たちはどうするんだい」
「僕は正体を確かめてみようと思うんだけど・・・」
「お、お化けなんか、この私が倒してみせるんだから!」
「震えてる君がそれを言っても説得力がないけどね」
フェイの言葉に気合いを入れたナナミに、ルックが突っ込む。
そんなルックに、うっ、とナナミは閉口してしまった。
シロとピリカが不安そうにナナミを見つめる。
ルックはため息をつくとベッドから降り、サークレットを身につけ、ベッドサイドに立てかけられた杖を手に取る。
「ルック?」
「追いかけるんだろう?」
そのルックの言葉に、フェイは大きく頷き、部屋の中に入り、自分の武器を手に取る。
その間にナナミも隣の部屋に戻り、武器を取ってくると同時に、部屋で寛いでいた少女――アイリに声をかけ、一緒に出てきた。
+ + + + +
「俺はシンを追っかけていたんだよ」
ルックたちに追いつめられた『お化け』はそう言った。
今まで必死に追いかけていた『お化け』の正体は、ルックたちにはとても見覚えのある姿だった。
青いバンダナと青いマントを身に纏い、実はその中身まで『青い』と言われる青年だ。
彼は、どうしてこんなにも運がないのか、と思えるくらい不幸を背負い、今回は少年たちの護衛をたったひとりで任された――というよりは押しつけられた不幸の青年、フリックであった。
フェイたちが見かけた『お化け』を追って行くと、いろんな隠し通路があった。それは寮から学校の地下へと繋がっていた。
そして、行き止まりで足を止めた『お化け』をフェイたちが捕まえたのである。
「まさか、『お化け』が青いのだったとはね」
「青いのって言うな!」
ルックの言葉に、フリックがムキになって返す。その様子を見ながら、フェイたちは苦笑いをしていた。
が、そこで漸くフェイがあることを思い出し、フリックに近づく。
「所で、どうしてフリックはこんなところで足を止めたの?」
「ああ、この先は行き止まりなんだよ」
「え?フリックさん、シンって言う人を追いかけてたんじゃないの?」
「ああ、ここを通ったのは間違いなんだが・・・」
「でも行き止まりなんだろ?だったら・・・」
見間違い何じゃないのか、とアイリが口にしようとしたとき、シロが小さくうなり声を上げた。
その声にみんなの視線がシロに向けられると、シロは行き止まりであるはずの壁に、鼻を押しつけていた。
「これ、また隠し扉なんじゃないの?」
ルックはシロが鼻を押しつける壁を手で撫でる。すると、遠くからは見えないような切れ目が見つかった。
しかし、ぐっと力を込めて押してみるが、その扉はびくともしなかった。
「ルック?」
「やっぱり隠し扉だ。けど、押しただけじゃ開かない」
「何処かにスイッチがあるって事か?」
「多分ね」
ルックの返事を聞いて、それぞれが壁や床を押したり撫でたりしてスイッチを探し始める。
それは意外にも簡単に見つかった。
隠し扉の側にあった像に、たまたまフェイが触れたら、カチ、と言う音を立て、扉が開いた。
どうやらその像が扉のスイッチになっていたらしい。
扉の奥に広がっていたのは、森だった。一応道のような物があったが、一歩間違えれば全員はぐれてしまうだろう。ただでさえもう暗いのだから。
けれど、意外にもその道は一本道で、ちゃんと道が見つけられれば迷うことはなかった。
しかし、やはり女の子は怖いのか。ナナミとアイリ、ピリカはフェイの後ろを離れようとはしなかった。時折吹く風で音を立てる木々に身を震わせ、それでも遅れないようにと必死に着いてくる彼女らを、フェイは心配しながら歩いていた。
そして、ふと何かを思い出したかのようにフリックに声を掛けた。
「フリック、これを渡してくれるように頼まれたんだけど」
「ん?」
後ろを振り返り、歩みを止めたフリックに、フェイは近づくと、自分の懐から何かを取りだし、拳をフリックの前に突き出した。
フリックは突き出された拳に、自信の掌を近づける。
そして、フェイの手から落とされたそれに、思わず目を瞠る。
「フェイ!お前、これ、何処でっ!?」
フリックの手に移されたそれは、赤い飾りの付いたイヤリング。
フリックはそれを見た途端、フェイの手を掴んだ。
「イース、って人から・・・だけど?」
フェイはフリックの行動に驚きながらも答える。
その答えに、フリックは少し考えを巡らせた後、「すまなかった」といってフェイの手を離した。
「その人に、フリックに渡してって頼まれた」
「イース・・・?」
「僕のクラスにいた人。優しい人でね、すごく強いんだ」
その言葉を聞いて、フリックもルックもそれが誰なのかが分かった。
彼がこの学校にいることを知っていたルックはともかく、知らなかったフリックはそのことに動揺を隠せない。
「どうして、アイツが・・・」
「そんなことより、さっさと進むよ。この先にテレーズがいるかも知れないんだ」
戸惑うフリックに、ルックは冷たくそう言いはなって、先に進む。
ピアスを意識しなくても解った。
今自分が向かっている先に彼――ティルがいることは。
ルックはピアスを撫で、まだ見えぬ小屋を目指して足を速めた。
+ + + + +
小屋から出てきたのは、シンだった。
どうやら予想通り、この小屋の中にテレーズがいるらしい。
「―――悪いが、ここから先は通せない」
そう言って剣を抜くシンに、フェイを守るかのようにしてフリックが立ちふさがる。
フリックも剣を抜き、戦闘態勢は整っていた。
けれど、そんなフリックに構わず、フェイが一歩前に進み出る。
「フェイ!?」
「―――僕は新同盟軍のリーダー、フェイマオと申します。
僕たちは貴方と戦うつもりはありません」
「同盟軍だと?それが真実だろうが、ここから先は通すわけにはいかない!」
フェイの言葉をまともに聞こうともせず、シンは剣を掲げる。それと同時に、フリックがフェイを庇うように立ち、振り下ろされるシンの剣を受け止める。
フェイはそれを止めようとするが、二人ともそれに耳を貸そうとはしない。
「―――シン、それくらいにしたら?」
そんな二人と止めたのは、とても落ち着いた声色だった。
小屋から出てきたその人物は、緑の外套を頭から被っていた。その為顔は見えなかったが、声からして少年の物だろう。
「し、しかし――」
「それよりも、ここで大事にする方が不味いぜ、兄貴」
少年の後ろから、もう一人小屋から出てきた。今度は茶色の外套を被っていたが、おそらく彼も少年だろう。
その声を聞いて、目を瞠ったのはフェイだった。
「その声、もしかして―――」
その声に反応して、茶色の外套を被った少年はその布を外し、片手をあげた。
現れたのは短めの茶色の髪。そして明るい笑顔。
「よ、フェイ」
「ジンさん!?」
「えぇ!?ジンくん!?どうして?」
その見慣れた顔に、フェイとナナミが声をあげる。
それなのにジンは企みが成功したかのように笑顔でフェイたちを見つめている。
そしてそれに何よりも驚いたのがシンだった。
「ジン!お前あれほど小屋にいろと」
「シン。ジンの言うとおりだよ。あまり大きな騒ぎにすると見つかってしまう」
「それは・・・」
「大丈夫。彼らはテレーズさんと会わせても平気だよ」
そう言って少年が緑の外套を取った。
長く伸びた漆黒の髪。
日に焼けていない、白い肌。
右手と左手には白く巻かれた包帯が見える。
そして、彼らを真っ直ぐ見つめているのは、青灰色の瞳。
その姿に、フリックは思わず剣を落とした。
まさか、彼がここにいるとは思っても見なかったのだ。
「彼らのことは、僕が保証しよう」
そこにいたのは、イース。
三年前には『ティル』と呼ばれていた少年だった。
「・・・イース殿が、そう言うのであれば」
「はぁ、兄貴は俺の言葉は信用しないくせに、イースの言葉は信用するのな」
「日頃の行いの差だよ、ジン。それよりも、フェイ」
「へ、ふぁ、ふぁい!!」
思っても見なかった少年の姿に、驚きを隠せず、呆然としていたフェイは、いきなり自分に話を向けられ、思わず変な声をあげてしまう。
その返事に笑ったのはジンだった。
しかし、彼は兄の冷たい視線を受けて慌ててその口を閉じた。
「テレーズさんはこの小屋にいる。君がしっかりと話をつけてくると良い」
「は、はい!」
その声に促されて、フェイは小屋へと足を運ぶ。それに倣い、ナナミやピリカ、アイリなどがフェイの後を追って小屋に入っていく。
それを見届けた後、シンとジンが小屋に入っていく。
外に残されたのは、ティルとルック。そしてフリックだった。
「ティル・・・だよな・・・?」
「久しぶりだね、フリック。もうイヤリングは受け取った?」
「あ、ああ・・・」
「今回の役目は彼を守ることだろう?僕に気を取られているよりも、君も小屋に入った方が良いんじゃないの?」
「でも・・・」
「ティルとの話は僕がつけるよ。僕も、訊きたいことがあるからね」
「・・・・・・」
「・・・解った」
そう言うと、フリックはティルに背を向け、小屋へと足を運んだ。
フリックの背中を見つめるティルを、ルックは黙って見つめた。
そしてティルがルックに向き直ると、ルックは口を開く。―――が。
「昼間も言ったけど・・・答えられることは何もないよ、ルック」
ティルがルックに見せたのは、完全なる拒絶だった。
ルックはその言葉に眉根を寄せ、右手を握りしめる。
噛みしめた唇の所為で、口の中に鉄の味が広がった。
そんなルックに、ティルは一瞬だけ表情を歪めた。それは本当は一瞬にも満たない間だったのかもしれない。
けれどルックはそれを見逃すことはなかった。
ティルが、辛そうに瞳を細めたことを。
その一瞬を隠すかのように、ティルは被っていた外套をまた深く被り直し、裾を翻してルックに背を向た。
そして先に向かったフェイ達やフリックを追うかのように小屋へと歩を進めた。
けれど、その足が小屋にたどり着く前に、ティルの足が止まった。
「ルック」
「・・・・・・」
「離して」
ティルの言葉に、ルックは返事を返さなかった。
ティルはルックの方に冷たい視線をよこす。それに、ルックは同じような冷たさの視線を向ける。
先に視線をはずしたのは、ティルの方だった。
ため息をはき出すと同時に視線を落とせば、ティルの左手を、ルックの手がしっかりと掴んでいるのが見えた。
無理矢理引きはがすのは、無理なことではない。
ルックは元々力がない。けれど、ティルは棒術で鍛え上げられた力がある。それにルックが敵うはずがないのだから、ティルが腕をふりほどこうとすれば、それは簡単にできたことだった。
けれど、それを実際にやらなかったのは、ティルも、どこかこの手を離したくないという気持ちがあったからだろう。
「・・・ルック」
「きみは僕の言葉を聞こうとしない。だから僕もきみの言葉は聞かない」
まるで子供のような理論だ。だけれど、それは正論である。
ティルはそっとルックの手に自分の手を重ねた。
「・・・ルック。きみが僕に何を訊きたいのか、僕は多分解っていると思う」
「・・・・・・」
「ルックは頭が良いから、多分僕のしていることがどんなことか、解っているよね」
「・・・っ」
「だからルックの目には、僕のしていることは矛盾しているように見えるだろうね。・・・僕ですら、矛盾していると、思っているからね」
「・・・それは、どういう・・・?」
「ルック。
今の君たちにテレーズを同盟軍に引き入れたい理由が、目的があるのと同じように、
今の僕の行動にも理由があり、――目的がある」
「・・・その目的って、何なのさ・・・」
「・・・・・・それは言えない。―――それが僕の、護りたいものだから―――」
そう言いながら、ティルはルックの手を少しずつ離していく。
しっかりと握られていたルックの手はもう殆ど力を失っており、ティルがさほど力を入れなくても簡単にはずすことが出来た。
そっと離された手は、完全に力を失っていて、重力に逆らうことなく下ろされる。
ティルは解放された自分の手よりも、ルックの手を見つめ、そして踵を返した。
ルックの手にあるのは、ゆっくりと離れていくティルを引き留めることも出来ないもどかしさ。
そして、僅かに残されたティルのぬくもりだけだった。