星の導きによって決められた『運命』




そんなもので、人は死ぬのかと。

そんなもので、自分は生かされているのだと。




そう知ったときに、全ては決まったのかもしれない。

僕の、運命さえも―――










F A T E










誰一人としていない戦場。それほど寂しいものはない。
1本の木に寄り掛かっている白い鎧。その白い鎧の所々は紅い血がこびりついており、破壊されている。背中には数本の矢が刺さっている。
そこに黒い影が舞い落ちる。
その影は次第に広がり、闇となった。

その闇の中から、一人の少年が姿を現す。


漆黒の髪は、首の後ろで一括りに結われている。その髪を覆っているのは、若草色のバンダナだった。
朱色の胴着を翻し、少年はそっと鎧の人物に手を伸ばす。
この暗闇の中でも、彼の白い手に巻かれた真白の包帯は痛々しいほどよく見える。

少年の伸ばした手は、鎧の男の頬に伸ばされた。
誰もいない、とても寒いこの場所に長いこと彼の姿があったためか、彼の頬は氷のように冷たくなっていた。


男は、息をしていなかった。


少年はそれを確かめると、息を吐いた。
そして男に温もりを分け与えるかのようにそっと抱きしめる。




少年の右手が、緋色の光りを生み出す。
その血のような光は、やがて男の身体を包み込んだ。

しかし、この光景を目にした者は、誰一人としていなかった。






+ + + + +






ティルがグリンヒルを出てルルノイエに戻ってきたのは、その日の夜遅くだった。
その足で、真っ直ぐ城の中にあるに彼の部屋に向かった。
長く広い廊下を足音一つ立てずに歩くその姿は、胴衣を身に纏っていても、上流貴族のようだった。

大きな扉の前で、ティルは足を止め、控えめに二回、扉を叩く。

この時間帯だと、寝ている者も多い。
けれど、ティルは彼が起きていると信じて疑わなかった。

案の定、すぐに返ってきた返事に、ティルは扉を開ける。




「・・・俺は『誰だ』とは言ったが『入れ』と言った記憶はないが?」

「うん、そうだね」




部屋の中央にある長い机。本来ならば書類でも置いてあるのだろうが、そこには書類どころか、羽ペンも地図も、何一つ置いていなかった。
部屋の主であるその男は、椅子があるにもかかわらず、その机に腰を下ろしていた。

明かりのついていない部屋は、月の明かりに満ちていた。
月の明かりだけだというのに、意外にもその部屋は明るく、男の顔が笑っているのが部屋の入り口にいるティルにも見えた。




「こんな時間にルカの部屋に来るなんて無謀なコトする人が僕以外にいるの?初耳だね」

「いないだろうな」

「・・・わかってるなら『誰だ』なんて訊かないでよ」

「貴様以外という可能性が全くないとは言えないからな」

「ふうん?まあ、いいけど」




そう言ってティルはルカの座っている机に歩み寄る。
ルカは手に持っていたワイングラスを、口元に運ぶ。
よく見れば空になったと思われるワイン瓶が、ルカの足下に転がっていた。
それを拾い、机の上に置いてティルは言う。




「・・・どうしてジョウイって子に任せたの?」

「ん?」

「グリンヒルの件だよ」

「・・・ああ、」

「偶々来ていた同盟軍軍主を逃がしたよ。彼は甘い。それはルカも解ってたんじゃないの?」

「ああ、言うなれば『面白かった』からだ」

「・・・『面白かった』?」

「アイツに雌豚を殺せるか試してみようとしてナイフを渡した。それで雌豚を刺して帰ってきた」

「『雌豚』ってアナベルだね?ミューズ市長だった・・・」

「ああ」

「・・・そう。彼も意外なことをする」

「以前の貴様のように、か・・・?」

「・・・・・・何のこと?」

「惚けるな。貴様がグリンヒルに言っている間に調べた」




ルカは自分の懐に入れていた書類を取りだし、机の上に放る。
ティルはその書類を手に取り、文字を目で追う。

『ティル=マクドールについて』
その書類を見て、ティルは小さく笑う。




「よく解ったね。僕が『ティル=マクドール』だって。僕は『ティリアス』と名乗ったはずだけど?」

「貴様の右手にあるものが何か予想は付いていたからな。今はその上に別の紋章を貼り付けているようだが?」

「そうだよ。ハルモニアに気付かれると不味いからね。偶々、知り合いで凄腕の紋章師がグリンヒルにいたから、つけて貰った。ルカに気付かれるとは思っても見なかったよ」

「普通の紋章とは思えなかったからな」




そういうとルカはティルの手元にある書類を奪い、文字を目で追う。
ティルは机の側にある椅子に腰掛けて窓の外を窺う。

外には何もなかった。
ただ月がそこにあるだけで、雲に隠れてしまったのか、星すらも見えなかった。
夜と言うことで歩き回っている者も居ない。
下を見下ろせば、城を取り囲む塀が見えるだけだった。




「向こうじゃ『トランの英雄』とたいそうな名前で呼ばれているらしいな」

「僕はその呼ばれ方は好きじゃない。向こうが勝手に呼んでいるだけ」

「ほう?」

「・・・・・・それに、僕の名前はティルじゃない。『ティリアス』だ」

「向こうでは『ティル』と名乗っていたんだろう?」

「それは・・・、父さんに迷惑を掛けたくなかったから、解放軍に入ったときにそう名乗っただけ。『ティリアス』と言う名前は『テオ将軍の息子』だったから」

「その父親も、その手で殺したんだろう」

「・・・・・・・・・っ何が言いたいの?」

「俺と同じだ。俺も、・・・アガレスを殺す」

「・・・・・・父親を?復讐のために?」

「・・・ああ」

「そう・・・」




そう言ってティルは一度ルカに向けた視線を、また窓の外に向ける。
ルカはそんなティルの背中を見て、眉根を寄せる。




「貴様らしくない。どうかしたのか?」

「・・・ルカが人の心配をするなんて思っても見なかったよ」

「貴様だけだ。豚の心配などして何になる」




ルカの言葉に、ティルはため息を一つつく。

ルカがティルの心配をするのは、ティルがルカ以上の力を持っているからだ。
ティルがルカよりも弱い存在だったのなら、他の人間と同じく豚扱いをして自分の部屋になど入れなかっただろう。




「・・・・・・ねぇ、ルカ」

「何だ」

「もし僕が、同盟軍に入っていたら、ルカはどうしてた・・・?」




ぴく、とルカの片眉が上がった。それを、真っ直ぐにルカを見つめていたティルが見逃すはずもなかった。
ルカは先ほどまでティルが先ほどまで見つめていた窓に寄りかかる。
腕を組むその姿は、ティルには不機嫌そうに見えた。




「何故、そんな事を考える」

「・・・・・・・・・」

「そんな仮定など考えても無駄だろう?貴様らしくない」

「・・・・・・・・・」




ティルは瞳を伏せ、ルカから視線をそらした。

ルカの瞳は強い光を放っている。それはいつも真っ直ぐで、全て見破られてしまいそうな程。
決して嫌いなわけではない。むしろ好きだといえた。それは彼が強いという証だったから。
それは精神的なことでもあり、勿論、肉体的なことでもある。

彼は自分で選んだ道を迷うことなく真っ直ぐに見つめている。それが例え悪であろうとも、彼は決してその道を曲げたりしなかった。

その彼の芯の強さが、ティルは好きだった。

彼から視線を反らすと、窓に映った自分の姿が見えた。
今日はたまたま髪を首の辺りで一つに縛っていた。その所為か、いつもは髪に隠れてしまう耳元が、今日はしっかりと映っていた。
窓のティルの右耳には、小さな雫型の宝珠がぶら下がっている。
勿論それは実際は左耳につけている物で、ティルが左耳に触れると、それが静かに揺れた。




「・・・同盟軍の中に、僕が率いていた解放軍の仲間がいたんだ」




その言葉に、ルカは驚くこともなく、「ほう」と答えただけだった。

トランと同盟軍は隣接している。だから解放軍の仲間が同盟軍に入っていたとしても、何ら可笑しいことはない。同盟軍領を挟んでいるハイランドですら、解放軍時代の仲間はいるのだ。特段驚くこともないだろう。

ルカがそんな反応しか示さないのを見て、ティルはそう考えた。




「この国にも仲間だった人はいるけど、同盟軍にいたのは最も親しいと呼べる人達だった。
共に戦い、共に傷つき合い、共に笑い、時には悲しみも分け合った。
僕のことを理解しようとし、支えてくれた人達だった」

「・・・・・・・・・」

「僕はこの紋章があったからその人達とは別れてしまったけど、もし今も一緒にいたならば、僕は多分同盟軍に入っていたと思う」

「・・・それで、俺と戦うのか?それも悪くないな」




ティルの言葉に、ルカは笑って見せた。
それに驚いたのは、質問をしたティルの方だった。




「・・・ルカは僕と戦いたかった?」

「出来ることならな」

「僕に、勝てないのに?」




その質問には、ルカは答えなかった。

ルカと初めて会ったとき、ルカはティルに剣を向けた。
今まで負けたことの無かったその剣筋は、相手の体を傷つけることなく、鞘に収められた。つまりそれはルカの負けを示していた。

ティルの実力を、ルカは知らない。ただ、自分よりは強いこと。英雄と讃えられるほどのものであることしか知らない。
けれど、それで充分だった。
ルカがティルを目標とし、その腕を磨く理由としては充分だった。

ここしばらくティルはルカの側にいなかった。
その間ルカがどれほど腕を上げたのか。それはルカ自身も知らない。だから今の自分でティルに勝てるかすらも判らない。




「いつもルカは戦場にいる。それは死と隣り合わせだって言うことを意味する。偶々ルカは強くて、まだルカを倒せる者はいない。殺せる人はいない。けれど僕はきっとルカを殺せる」

「・・・・・・・・・」

「『死と隣り合わせ』だということを、ルカは考えたことがある?」




ティルは真摯な瞳でルカを見る。しかしルカは瞳を閉じ、その視線を受け入れてはくれない。
相変わらず黙したまま、ティルの言葉に耳を傾け、時折その問いかけの答えを探しているかのように、床を見つめる。




「ルカは、死が怖くないの?」




その言葉に、今まで何の反応も示さなかったルカは真っ直ぐにティルを見つめ、間をおかずに答えた。


―――愚問だ、と。




「死を恐れて戦が出来るか」

「・・・確かにそれはある。でも、僕は怖かった」

「それは貴様の心が弱いからだ」

「そうだね。あの頃はまだ弱かった。だからたくさんの人の命を奪った」

「それがどうした」

「僕は自分の死よりも、他人の死の方が怖かった。自分は軍主だ。一番狙われやすい。だからいつもどこかで覚悟していた。けれど、僕を護って誰かが死んでしまったり、この手で誰かを殺すのは怖かった」

「・・・その紋章を、宿しているのにか」

「『宿しているから』だよ」

「どういう事だ」

「この紋章は僕の意思とは関係なく魂を欲する。今はある程度コントロールできるようにはなったけれど、あのときは全然出来なかった。だからいつもこの紋章に気を配っていた。
この紋章が熱くないか、光ってはいないか、発動はしていないか。
いつ誰の魂を喰らうか解らない。どのくらい魂を喰らうのか解らない。
目が覚めるたび恐怖だったよ。
もうこの世界には自分一人しかいないんじゃないかと思う日もあった」

「・・・・・・・・・」

「今の僕には、『望み』がある。その為にはどんな犠牲も厭わない。例えこの身を、僕自身を、犠牲にしたとしても―――――

「・・・・・・・・・」

「もし、僕が同盟軍にいたら、ルカを喰らっていると思う」

「・・・・・・・・・」

「けど、このままでもいつか、この紋章はルカを喰らうかもしれない」

「・・・そうかもな」

「・・・それを解っているのに、ルカはどうして僕を側に置くの?」

「・・・・・・・・・」

「ルカは死が怖くないと言った。それは本当?死んだら、何も出来ないのに?!」




ティルは立ち上がり、鎧を着ていないルカの胸ぐらを掴む。


ティルは、知ってしまった。

今、かつて自分が導いた星達がまた輝きだしていることを。
それは即ち、戦の始まりであり、時代の変わり目を示している。

時代が変わる。それはこのハイランドの敗北を示している。
そのハイランドの中心にいるルカが見逃してもらえるはずがない。
以前、ティルが自分の尊敬した皇帝――バルバロッサを倒したように。

つまり、この先ルカに待っているのは死なのだ。


その事にティルが声を荒げると、ルカは何でもないことのようにその白い手を外した。
そして落ち着き払った声で言う。

その言葉は、ティルをこれ以上ないほど驚かせた。









「何も出来ない訳じゃない。―――――側にいてやることは、出来る」









+ + + + +






貴様の紋章に喰われるのなら尚更だと、ルカは言った。
その言葉は今もティルの耳にこびりついて離れようとしない。




ティルの何もつけられていない右耳には、いつの間にか血のように赤い、逆十字のピアスがつけられていた。
これはルカが最近になってティルに渡した物である。


―――俺は神を信じない。
そう言い切って、彼はティルの耳にこれを付けた。

これの対が、今どこにあるのか、ティルは知らない。
ティルの左耳には既に別のピアスが着いていた。だからこの対はティルは持っていない。
ルカが持っているのかもしれないし、元々無かったのかもしれない。
ティルはこのピアスの対を探すことはなかった。




グリンヒルから戻ってきた日の夜。
「死ぬのが怖くないのか」とティルは聞いたが、ティルは自分が彼にどんな答えを期待していたのか解らない。

しかし、ティルは彼との会話で、一つの可能性を見いだしていた。
今、それを確かめる術はもう無い。
けれど、ティルはどこかで確信していた。

はっきりと確信できたのは、ルカがこのピアスをティルにつけたときだった。


これは『証』なのだと彼は言った。
それが何の証か、ティルは聞こうとはしなかった。




ティルは思う。

―――もしかして彼は気付いていたのではないか、と。

それは彼がはっきりと気付くようなものではなく、予感的なものだったのかもしれない。
心の奥底で、気付いていて、それに気付かぬふりをしていたのかもしれない。






―――――自分の『死』を。






だから、これはルカが『生きていた』証。
そして、―――――ティルの側にいる、証。




今、ティルはそれを外し、右手で握りしめる。
そうして右手の甲がどんどん熱くなっていくのを感じた。

今まで恐れていたそれを、今のティルは恐れなかった。
そのまま輝きを増すそれを、押しとどめようとはしなかった。

ただその紋章に意識を流し、その紋章が働きかけるがままに目を閉じる。









―――――此処で初めて彼は、本来あるべき道をその手で外したのである。









静まりかえった、荒野で

闇が彼の者を覆う。




それは、『反』なる行為だった。

それは、『歪』を生み出す行為だった。

それは、―――『神』の力のような行為だった。




そして、『やみ』が嗤った。

今こそ、目覚めの時だと―――――











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【fate】・・・運命・宿命



* * * * * * * 後書き * * * * * * *




これはルカ坊でしょうか。
見事にルックのルの字も出てませんね。(笑)
でもこの話は今後大きな役目を担うはずです。

それにしても、ティル坊が良く喋りますなぁ・・・。それに対してルカはあまり喋らない・・・(いや?喋ってる方か)
私はルカは黙して語らずの男だと良いな、と思っております。

次は更に重要人物達が出てくる予定。
ルックは・・・・・・・・・出てくるのかしら?(ヲイ)