―――・・・ごめんね。





顔は動かさず、視線だけで辺りを見回す。


きめ細かな細工が施された柱。
鏡のように磨かれた床。
塵一つない赤い絨毯。

最後にここを歩いたのはいつだったか。
そんなことを考えてしまうほど、この四年間は短く、そして長かった。



思い返せば、本来ティルはここに使えているはずの人間だった。
父、テオの側で技術を磨き、皇帝に全てを捧げる。―――そのはずだった。

けれど、実際ティルは帝国に一度は忠誠を誓ったものの、一月もしない間に帝国から追われるようになってしまった。

そして解放軍に入り、軍主になった。




こつん、と靴音が城に響き渡る。
その音に気付いて、何人かが振り返る。
そして彼らは目にする。同盟軍軍主の堂々たる姿を。

狂皇子を倒したという噂は既にトランでも広がっている。
あんなに小さな体で、あんなに幼いのに、立派にその勤めを果たしている少年に、彼らは敬意を示し、静かに頭を下げる。

そして、顔を上げてみて、彼らは瞠目し、息を飲む。


同盟軍軍主の後ろにいる、その少年の姿に。


ティルには彼らがどんな思いで自分を見つめているのかが解らない。

『英雄』が帰ってきたことに対する歓喜か。
全ての押しつけて去っていった『軍主』に対する憎悪か。
その右手に隠された物に対する恐怖か。

そのどれであっても仕方ないとティルは思う。それだけのことをやってしまったのだから。




軍主になったのは、『成り行き』でしかなかった。
自分はただ、大切な人を守りたかった。救い出したかった。ただそれだけ。
それなのに、自分は。

あまりにも多くのものを奪った。
あまりにも多くのものを失った。


それは今でも色鮮やかに瞼裏に蘇る。


辛かった。苦しかった。―――だから逃げ出した。

いつもどこか急いていた。
少しでも早くこの苦しい所から逃げ出したかった。

これ以上、何も奪いたくなかった。
これ以上、何も失いたくなかった。


戦争が、全てが終わったとき。

自分の手の中にあるのは、たくさんの人間が流した血。
守りたかったものも、救いたかったものも、全て自分自身で壊してしまった。


だから、全てを放棄して、置き去りにして、―――逃げた。




ティルは自分の右手を見つめ、強く握りしめる。
そんなティルを、後ろにいたフッチが心配そうに見つめていた。




「ね、イースさんはこの城、初めてですよね。どうです?すごいでしょう?」

「・・・・・・・・・」




フェイが首を回してティルに尋ねる。ティルはそんなフェイの顔を一度見て、けれど直ぐに視線を下げる。

ティルにとってこの城は初めてではない。フェイより前から知っているし、何度もこの城に来たことはある。だから、「どう?」と聞かれても特に感じるものは何もない。
フェイに対してティルが思ったことは、「未だ本名を言ってなかった」。ただそれだけ。

問いかけたのにもかかわらず何の言葉も返ってこないどころか視線を外されて、フェイは少し寂しい気持ちになった。

彼は、間違いなく『イース』であるはずなのに、数ヶ月前はあんなに親しくしてくれたのに、今はその存在がすごく遠く感じる。体全身で拒絶されている気がする。

カミューはフェイに全く敬意を払わず、あげくその行為を無下にすると言うティルに、鋭い視線を向ける。
サスケは何を思っているのか解らない表情でティルを見つめている。
シーナはこの城に入ってから全くティルを見ようとしない。

それぞれのその対応の仕方に、ティルは思わずため息を吐く。

そんな気まずい空気を崩してくれたのは、大きな扉の前にいた緑のマントを纏う騎士であった。




「・・・同盟軍軍主、フェイマオ様ですね」

「・・・貴方は・・・」

「グレンシールです」

「グレンシールさん、コウ君の容態は・・・?」

「大丈夫です。リュウカン殿の手当を受け、今は眠っているそうですが、明日には快復するそうです」

「そうですか」




騎士――グレンシールの報告を受けて、フェイは安堵の息を漏らす。側にいたナナミはフェイの腕を取り、喜びを露わにする。
カミューやサスケも心配していたらしく、ほっと息を漏らした。シーナやフッチの顔にも笑みが浮かぶ。

そんな五人の間を縫って、グレンシールが進み出る。けれど直ぐに足を止め、その場に跪き、頭を深く下げる。


その光景に、フェイやナナミ、カミューやサスケは少しだけ驚き、グレンシールが頭を下げている人物を見つめる。






「このたびのご帰還、心待ちにしておりました―――――ティル様」






グレンシールは頭を上げることなく、ティルに言葉を述べる。
その言葉に、フェイは瞠目し、ティルを見つめる。ナナミは驚き、グレンシールとティルを交互に見つめる。
カミューとサスケは一瞬驚き、目を見開いたが、直ぐにその言葉が理解できたのか、ティルに対する姿勢を改める。

けれど、当の本人であるティルは全く嬉しそうではなかった。
むしろその逆で、眉根を寄せ、苦しそうな瞳でグレンシールを見つめる。




「え、え??イースさんじゃないの?」

「・・・『ティル』って、確か・・・」

「ええ、『トランの英雄』の名前です」

「ええ?!じゃ、じゃあ、イースさんがティルさんで、『トランの英雄』なの!?」

「おそらく、そう言うことでしょう」




フェイは僅かに残っている『トランの英雄』に関する記憶を呼び起こす。

確か、解放軍を導き、赤月帝国を滅ぼした人―――

そんな人が、今目の前にいる。
それだけが今のフェイの胸を占めていた。




「お帰りなさいませ、ティル様。いえ、ティリアス様」

「・・・・・・グレン」

「アレン共々、この日が来るのを待ちわびておりました。
レパント様がお待ちです。どうぞ、奥へ・・・」

「グレン、僕は・・・」




グレンシールは頭を下げたまま、ティルの奥の部屋へと促す。ティルはそんなグレンシールに何かを言いかけて、そして止めた。

おそらくグレンシールは今のティルの心境を解っている。
『トランの英雄』と呼ばれ、騒がれるのを望まないことも。
例えレパントに譲られても、大統領という座に座るつもりがないことも。

ティルはグレンシールに示された扉を見つめ、諦めたかのようにため息を吐いた。


そして、大きな扉を開いた先で泣きつかれることになる。






+ + + + +






城から出るときには既にティルは疲れ切ってしまっていた。
フェイはそんなティルを横目で見ながら、レパントの変貌ぶりに驚きを隠せない。
否、レパントを『変貌させてしまった』ティルに、驚いていた。
あのレパントが「大統領の座に」と、泣いてすがったのだ。これまでそんなレパントを見たことのないフェイは、そこまでさせてしまうティルがどんなにすごい人だったのかを知りたくなった。

だからつい、深く考えずに言ってしまった。






「同盟軍に、入ってくれませんか?」






その言葉が、どれほどティルの傷を抉るのかを知らずに。


フェイの顔には笑みが浮かんでいた。フェイの頭の中では、ティルが断るはずがないとそう信じ込んでいた。
フェイがそう言えば『みんな』は頷いてくれた、ただそれだけの根拠。他には何の根拠もないのに、フェイはティル『も』断るはずがない。そう思いこんでいた。

その言葉に驚いたのはティルだけではない。ナナミ以外のその場にいた全員が驚き、フェイを見つめた。
ナナミはそのフェイの言葉に深く頷き、フェイと同じようにティルが頷くこと『だけ』を待っていた。

そんなフェイを、ティルはどこか覚めた気持ちで見つめていた。

フッチはティルを心配そうに見つめ、シーナはティルを睨みつけていた。

二人は知っていた。―――ティルが『断らないはずがない』と。






「・・・君は、それを本気で言っているのか?」






フェイに帰ってきた返事は、冷たく、鋭いものだった。
そんなティルの瞳に、ナナミは勿論、フェイも竦んでしまう。




「・・・君は僕がどんな『立場』にいたか知っているはずだ。今だってその『立場』にいるかもしれない人間に、君は誘いを掛けるのか?
グリンヒルで言ったはずだ」




―――次に会うときは敵かもしれないね、と。


フェイはその言葉を思い出し、慌てて口を塞いだ。けれど、一度口から出てしまったものを取り消すことなど出来ない。

フェイは自分の言ってしまったことに、血の気が引いていくのを感じた。

あのときティルは『ルカに従っている』と言っていた。自分が倒した、否、殺してしまった人に。
彼がいない今、ティルはハイランド側にはついていないかもしれない。けれど、未だハイランド側にいるかもしれないのだ。

もしそうならば、今ここでフェイが殺されても可笑しくはない。
ここでティルがフェイの誘いに頷いて同盟軍に入ったら、同盟軍の情報は全てハイランドに流れてしまう。
もしかしたら、ティルほどの腕前があるのならフェイが殺されてしまったって可笑しくはない。

フェイの顔がどんどん青くなっていくのを見て、ティルはため息を吐く。




「今自分がどれだけ愚かなことをしたのか、解った?」




フェイはその問いかけに小さく頷き、ティルと少しだけ距離を取る。
あからさまな警戒に、ティルは心の中で苦笑いをする。

ティルはフェイが離れていった分だけ近づいて、フェイの頭を軽く撫でる。




「これは君だけの問題じゃない。軍師や君の信用できる人とちゃんと話をしてからおいで」




ね?と問いかけられて、フェイはまた小さく頷いた。

この時のティルに、先程まで感じていた冷たさも鋭さも感じられなかった。
『イース』の時のように、暖かく、優しいその笑顔に、フェイにも笑みが浮かんだ。




「・・・僕はしばらくこの街にいる。この街の僕の家にいるから、答えが出たらおいで」

「・・・イースさん」

「・・・僕の名前はティリアスだよ。みんなはティルって呼んでる」

「ティル、さん・・・」




嬉しそうに顔をほころばせるフェイの隣で、ナナミも微笑んだ。
その後ろにいるカミューはまだ警戒しているように何も言わず、ずっとティルを見つめている。
その隣でサスケが興味津々な目でティルを見つめる。
話にきいていた『トランの英雄』が目の前にいることに興奮していたのはフェイだけではないらしい。




「・・・ティアスさん、本当に」

「・・・大丈夫だよ、フッチ。僕は、・・・大丈夫だから」




フッチが心配そうに声を掛けると、ティルは笑みを返した。

けれど、その瞳は辛そうで。苦しそうで。哀しそうで。
フッチはそんなティルの横顔を見つめていることしかできなかった。






+ + + + +






久しぶりに帰ってきた部屋は、暗かった。
暗く冷たく、人の気配など何処にもない。
それでも数年間家を空けていた割には埃の匂いはしない。
クレオか。それともレパントか。どちらにせよ、誰かがしっかり管理をしてくれていたらしい。

ティルはそのことに感謝しながら、久しぶりの自分の部屋に入る。


慌ただしく過ぎた一日は、もうそろそろ終わりを告げようとしていた。

ティルが帰還したことをきいて、クレオがわざわざ家の前で迎えてくれた。
それを涙ぐんでしまう程嬉しく思うのは、今ではクレオが唯一の家族といえるからだろうか。


久しぶりに自分の部屋から見る景色は、戦争があったとは思えないほど変わっていない。
夕暮れ時が過ぎて紫に染まっている空。僅かな陽の光の中で庭を見下ろせば、寒さに耐えながらも立派に成長している樹があった。
窓から身を乗り出し、その縁に足をかけると、するりと飛び降りる。


テッドと一緒に植えたときは、苗だった。
ティルが最後に見たときは、まだティルの身長ほどしかなかったその樹は、今ではティルの何倍もの高さがあり、幹もティルよりも太く、しっかりとしていた。

確かに時が流れているのだと、漸く実感できた。
それと同時に、今更ながら家が懐かしく感じてきた。


―――帰ってきたのだと。

嬉しくも哀しくもある複雑な心境で、ティルは太く立派に生長した幹を抱きしめた。









―――やっぱり、ここにいた・・・」









ふわりと風がティルの髪を舞い上げる。その風に魔力が帯びていると気付いたのは、声を掛けられた方を振り向いてからだった。

ふわりと、オリーブグリーンの髪が揺れる。
真っ直ぐな翡翠の瞳に見つめられて、ティルは言葉を失った。




「・・・ルック・・・」

「・・・バナーの村で、君を見たって聞いて・・・。森の中でソウルイーターの気配がしたから、確信した」

「・・・・・・それで、僕に何か用・・・?」

「・・・これから君はどうするのさ」




ティルは木の幹に背をつける。
少しずつ近づいてくるルックから、逃げ出したい衝動に駆られた。

逃げたくはない。でも、ルックが怖かった。
何かにしがみついていないと、『流されて』しまいそうで怖かった。




「・・・どうするって」

「ルカはもういない。君がハイランドにいる理由はなくなったはずだ」

「・・・君には関係ない」

「関係あるんだよ」

「どう関係があるのさ」

「好きな人の側にいたいって思うのは、当たり前の心理じゃないの?」

―――っ!?」




その言葉に、思わず顔が熱を持つ。
それに気付いているのか、ルックはティルの頬に手を伸ばす。

その手が触れる寸前、ティルは顔を逸らして、ルックの手から逃れた。
そのままルックに背を向け、深く息を吸い込む。




―――駄目、流されちゃ、駄目・・・




気持ちを落ち着けるために、深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出す。

流されてはいけない。この雰囲気に、流されてはいけない。






―――――彼に『本音』を言ってはいけないのだから






早鐘を打つ胸に手を当て、ルックに背を向けたまま、ティルは顔を上げる。




「この間の、答えを返してあげる」




そう言ってティルはルックを振り返る。
真っ直ぐにルックの翡翠の瞳を見つめる。

ルックから向けられる視線も、真剣で。


せっかくの決心が揺らいでしまうから、―――そんな風に見つめないで・・・




―――――好きだよ。


そう言ってくれた君へ。


伝えたい言葉が、あります。
君のおかげで、漸く気づけた想い。できるなら今すぐ伝えたい。


でも、ごめん。
その言葉を、今伝えることはできないから。


ごめん。
ごめん。
ごめん。

―――ごめん、なさい・・・









―――悪いけど、僕はその気持ちには答えられない」









まるで、ルックの心を表したかのように、強い風が二人の間を吹き抜けていった。









たった一つの言葉。

でも、それを伝えることは出来なくて。


側にいたい。

でも側にいられない。

側に、いたくない。




そんな矛盾。




気持ちを打ち明けてくれた君へ。


これが、僕の出した、

精一杯の『答え』―――











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【answer】・・・答え・返事



* * * * * * * 後書き * * * * * * *




あれ・・・?
やっぱり私の書く小説は私の思った方向に行ってくれません。
ルックは出番少ないし、シーナとティル坊は仲が悪いことになってるし。
本当はルックはパーティに付いていくはずだったのに・・・
シーナもティルとは仲が良かったはずなのに。
どこで道を間違えたんでしょうか。

今回ティルが考えた『答え』は連載を始める前から決めてました。
この話の1を読んだ人は驚いたでしょうか。
なかなかくっついてくれないんです、この二人は。
(今回は隠し文章があります。一文ですが)

バナーのパーティメンバーは私の趣味です。フッチとか、カミューとか。

『声』の正体は解っている方もいると思うのですが、アレです。
そのうち本体も出てくる予定。

次からはルックの出番も増えると思われ・・・ます(多分)