戦争が嫌いになった。

それと同時に戦争を巻き起こす自分が嫌いになった。


全ての根源である紋章が嫌いになった。

その紋章で創られた世界が嫌いになった。

その一つを宿す自分が、嫌いになった。




いっそ、全てを嫌いになろうとした。

そんな弱い、―――自分が嫌い。










A B H O R R E N C E










全てが、嫌いだった。


周りに人はたくさんいてくれた。

幼いながらも軍主という役職を任されてしまったティルに、手を差し伸べてくれた人もいた。
忙しいティルのために情報を集めてくれた人たちがいた。
軍主としての知恵を授けてくれた人もいた。
軍主として足りない部分を補ってくれた人がいた。
軍主ティル』ではなく、『ティル自身(ティリアス)』の支えになってくれようとした人もいた。

ティルはそんな周りの人たちに感謝しながら、そんな人々に恵まれた自分は幸運なのだと、いつも考えていた。


けれど、ティルはそんな自分が好きにはなれなかった。


いきなり任された役職に、戸惑った。
その重すぎる責任から逃げたいと思ったこともある。
周りの人に教えてもらわなければ、助けてもらわなければ何も出来なかった。

そんな自分が不甲斐なく感じて。情けなくて。
そんな自分が解放軍軍主として立っているのが恥ずかしく感じて。
けれど、その心を誰にも知られたくなくて。


一度教えてもらったことは、絶対に憶えようと思った。
教えてもらわなくても済むよう、時間が空いたら兵法の本を開いた。
同じ失敗は二度としないように心がけた。
城の中では、誰かの視線があるときは笑っていようと思った。

軍主ティル』ではなく『ティル自身(ティリアス)』として接しようとしてくれた人たちの手を、振り払った。

そうして、自分と人との間に壁をつくって、『完璧な軍主』になろうと思った。

そんなティルを、素晴らしいと褒める人がいた。
人間離れしている、と。化け物だ、と言う人たちもいた。

それを耳にする度、ティルは自分がしたことは正しかったのか、迷っていた。


ティル自身(ティリアス)』をひた隠しにして、誰にも本心を言えなくなって。
発言するときも、行動するときも、一人で部屋にいるときでさえ。
軍主ティル』としてしか、行動できなくなっていた。

けれど、それなら化け物、と言った人たちはどんな『軍主ティル』を望んでいたのだろう。

直ぐ本音を言ってしまう軍主?
戦争なんかしたくないと、嘆く軍主?
他人の死は冷たい瞳で見つめ、知人の死は涙を流す軍主?

誰も『ティル自身(ティリアス)』が軍主になることなんて望んでいない。
けれど、軍主という役目から逃げ出したって、今更ティルに行く場所なんてなかった。

親友はとらわれの身。
父親は敵。
尊敬していた皇帝も、全てを知ってしまった今では尊敬することなど出来ない。

だからティルに出来ることは、『軍主ティル』として、生きていくことだけだった。
自分を隠し、本音と全く違うことだけを言葉にして。
泣きたくても泣けなくて。
苦しくても、辛くても、笑って。
罵詈雑言に耳を塞ぎ、夜空に浮かぶ月だけを見つめて、何度も自分自身に言い聞かせた。




―――これ以外に、何も出来ないんだから。




けれど、何度そう言い聞かせても、ティルは自分自身を納得させることは出来なかった。

自分をこんな状況に追いやった戦争が嫌い。
自分をこんな心境に追いつめた紋章が嫌い。
自分をこんな腑抜けにしてしまった、自分自身が、一番嫌い。






+ + + + +






目の前で交わされる言葉に、ティルは瞳を伏せる。
伏せる前、ティルの瞳に映ったフェイはあまりの衝撃に言葉を失っていた。
そんなフェイの代わりに、側にいたナナミが声を上げる。




「嘘でしょ、ジョウイ。また三人で、キャロで・・・」

「ナナミ・・・僕もそうしたいけど、それは出来ないんだよ」

「どうして?ルカを倒して、終わりじゃないの?」

「ナナミ。残念だけど、戦争はそんなに甘い物じゃない―――

「解らないよッ!どうして同盟軍が降伏しないといけないの!?今まで私たちが戦ってきた意味は!?」

「ナナミ・・・、二つの勢力が存在するのに、この土地は狭すぎたんだ・・・」

「だから、同盟軍に、都市同盟に消えてくれ、・・・って?」

「その通りだ」




そのナナミの言葉に返事を返したのは、ジョウイではなく、その隣のコートを着た男。
ティルはその男を睨みつけるかのように、冷たい視線を向ける。
そんなティルの視線に気付いたのか、男はティルの方を向くとわざとらしく驚く。




「おや、『トランの英雄』殿。何故貴方がそこにいるのですか?」

「・・・相変わらず汚い方法をとるね、レオン」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。
それよりも・・・貴方はハイランドこちら側の人間じゃありませんか。何故そちら側にいるのです?」

「そちらの人間になった憶えはないよ」




――レオンに、ティルは冷たく返す。
そんなティルの姿は、レオンに『トランの英雄』を思い出させる。
レオンは態とそんな態度を取るティルに冷や汗が流れるのを感じたが、それを表情に出すことはなかった。

ティルが敵に回るとは予想していなかった。
ティルの力を知っているからこそ、レオンはその事実に恐怖を憶える。




「・・・フェイ、君だって早く戦争を終わらせたいだろう?」

「・・・ジョウイ・・・」




ジョウイが持ちかけてきたのはフェイが望んでいた物とは違った。
フェイが望んでいたのは休戦協定。
互いが譲歩して、戦争を終わりにする。
そのはずだったのに。

ジョウイが提案してきたのは『休戦協定』とは名ばかりの都市同盟の降伏。

戦争は終わる。けれどもそれは都市同盟がハイランドに傘下に下る、ということ。
そんなこと、フェイは全く望んでいない。




「・・・出来ない、出来ないよ・・・ッ!僕らが戦ってきたのは、そんなものの為じゃない!」

「僕は君を殺したくない!だから、頼む・・・これしか方法がないんだ。降伏してくれ・・・!!」

「ジョウイ・・・」




辛そうに顔を顰めるジョウイに、フェイは思わず駆け寄ろうとして、足を止める。
代わりに一歩前に進み出たのは、さらりと金の髪をなびかせた女性――テレーズ。




「今ここで私たちがそれを断ったら、あの矢が飛んでくるのですね?」




テレーズは真っ直ぐにジョウイを見つめ、それでも体全身で警戒していた。

警戒しているのは、フェイ達を中心としてその周りを取り囲むハイランド兵。
その兵には弓矢が握られており、合図一つで直ぐにでも矢を放てる用意が出来ていた。
しかもその狙いは、フェイとテレーズに向けられている。




「・・・・・・・・・」

「頼む、フェイ・・・。こうするしか・・・」




ジョウイの弱々しい声がフェイの耳に届く。
フェイは俯いたまま唇を噛みしめ、強く拳を握る。

フェイが顔を上げたとき、その紅緋色の瞳は揺らぐことなく、真っ直ぐにジョウイを見つめて。




「お断りします」




さして大きくもない声。けれどもその声は強く、はっきりとその場にいた全員の耳に届いた。

そのフェイの言葉に、ティルは伏せていた瞳を開く。
す、と棍を持つ手に力を込め、相手に気付かれないように構える。




「フェイ・・・ッ!」

「射て!!」




叫ぶようなジョウイの声と、レオンの声が重なる。
それと同時にハイランド兵の手に構えられた弓は引かれ、矢が放たれる。
フェイとテレーズめがけて放たれた矢に、テレーズは身を固める。
フェイはトンファーを構え、来たる矢を打ち払おうとする。

けれど、その前に一陣の影が走った。


フェイの前に立つその背は、あまり大きくない。おそらくフェイより少し小さいだろう。
若草色のバンダナで首の辺りで括られた黒髪が背中で揺れている。
翻る裾は、赤い胴着。


フェイの目の前に立ちふさがった少年――ティルの足下には数本の矢が散らばっている。




「・・・軍主は決断した。私はそれに従うまで」




パキ、とティルの足下に落ちている矢の内の数本が音を立てて折れる。

ティルの長い袖から、白い布が伸びる。
それが包帯だと知っていたのは、ほんの数人。

そしてその包帯の下にある物を知っている者は、それを見て息を飲んだ。




「フェイには、―――傷一つつけさせない」




ティルの右目の前に翳された右手の甲にあるのは、赤黒い文様。
全身は現れていないものの、闇の紋章に似たその姿に、ジョウイは目を奪われる。

そして、自分の右手に走った痛みに、思わず左手を伸ばす。




「・・・ッ!・・・その、紋章は・・・―――?」

―――っと、そこまでだ」




開かれた扉の奥から、大きな体が現れる。
全員の視線が、そちらに向けられる。
入ってきた人物と、その人物が抱えていた『者』に。




「ピリカっ!?」

「ビクトール、どうして・・・ッ!」

「説明は後だ、早く!!」




そう言って入ってきた人物――ビクトールは抱えていたピリカを下ろし、フェイの側まで来るとその腕を掴んで扉の方に引っ張っていく。
フェイの後に続くようにナナミ、テレーズ、ルック、シーナと続く。




「待って、ピリカが・・・!」




そう言ってフェイはピリカに手を伸ばす。
しかしピリカはそんなフェイには気付かず、ジョウイを見て、スカートを握りしめた。
潤んだ瞳からは、今にも溢れそうなほど涙が溜まっている。
泣き出してしまいそうなほど歪められた顔。
そしてジョウイに向かって両手が伸ばされた瞬間。




「構わん、撃て!」

「・・・ッ!!待て、撃つな!!」




レオンが命令を下し、ジョウイがそれを止める。
そしてゆっくり危ない足取りで近づいてくるピリカに、ジョウイも手を差し伸べた。

フェイはそれでもピリカの名前を呼ぶ。けれどビクトールはそんなフェイの腕を引っ張り、部屋から出す。
ピリカの側に駆け寄ろうとしているナナミを、シーナが止める。




―――後ろは頼んだぞ、ティル」




振り向かずとも、それがビクトールからの言葉だと解る。
ティルは解けかけている包帯を口で取り去る。

現れたのは、死神。
そしてその死神の持つ鎌が赤く輝くときは、死神が喰らうとき。




―――・・・言われなくとも」




ぱら、と包帯が落ちる。
ティルは棍を構え、自分に向かってきた矢を打ち落とした。






+ + + + +






―――・・・ッ、・・・」




ティルがフェイ達に追いついたとき、ティルは息を乱していた。
その様子に気付いたのは、一番後ろを走っていたシーナだけだった。
シーナは剣を振り回し、襲ってくる兵士に傷を負わせながら、視界の端でティルを見る。

少し眉が寄せられているのは、苦しい証拠だ。
けれど、ティルのどこにも傷は見あたらない。
周りの兵士達の所為で、血の匂いが充満しているここでは、ティルが血を流しているのかははっきりとは解らない。
けれど、それでもシーナより疾く走るティルには、何処かを庇っている素振りは全く見えない。

体力が落ちたのだろうか。
そう考えて、慌てて否定する。

グレッグミンスターに続く森の中で見たティルは、解放戦争の時と同じ、否、それ以上の力を持っていた。
体力が落ちているとは、考えにくい。

シーナは周りに倒れていない兵士がいないことを確認して、足を止める。
剣についた血を振り払い、鞘に収める。
ティルは足を止めたシーナに気付き、足を止めてシーナの方に振り返った。

振り返った先にいたシーナは、真っ直ぐと射抜くような視線でティルを見つめていた。




「・・・お前、どう―――

「急ぐよ。せっかく追いついたのに、また置いていかれるのは嫌だからね」




そんなシーナの視線から逃れるようにして、ティルはシーナの言葉を遮り、背を向ける。
そして気付かれない程度に棍を握っていない右手で胸元を押さえ、けれど直ぐにそれを離し、また走り出す。




―――『また』、かよ・・・ッ」




右手を握りしめ、走っていくティルの背中を見つめる。

ティルの背中は既に、届かぬ所まで行ってしまっていた。


ティルはそんなシーナの視線に気付いていながらも、振り返ることはしなかった。
走りながら、荒い呼吸を少しでも落ち着かせようと試みる。
けれど、それはさらに息苦しくなるだけで、ティルは胸元の服をさらにきつく握りしめる。




ビクトール達が会議場を出たのを確認してから、漸く元通りに戻った魔力を練りあげた。
完全に戻った魔力ならば、殺さない程度に手加減は出来る。
只の脅しだけの目的だった。




―――ぁ・・・ッ!!」




けれど、右手に集中した途端に走った痛み。
痛みが走ったのは、集中していた右手ではなく、胸。おそらく心臓。
反射的に胸元を押さえ、身を縮ませる。
膝をつきそうになる衝動を抑えて、詰まらせた息をゆっくり吐き出しながら、何が起きたのか解らず、只ティルを見つめている周りの兵士達を睨み、思わず落としてしまうそうになった棍を力強く握りしめ、会議場を後にした。




突如走った胸の痛みには、覚えがあった。
確か一週間前、バナーの村に足を踏み入れた前日の夜遅く。
燃える火を見つめながら、声にならない悲鳴を上げたあのときと同じ痛み。

以前と違う点は、今回は痛みだけではなかったこと。

一瞬、遠ざかりそうな意識の中で、響いた声。
それはいつも頭の中に響く少年のような声ではなかった。

低く、暗い声。

人間のものとは思えなかった。
ならば魔物の声なのか、と聞かれても何処か違う気がする。

ただ、確かなことは、その声はティルが初めて聞いた声であること。





―――見つけた。




と、その声がティルの頭の中で、嗤ったこと。
その声を、言葉を聞いた瞬間、思わず背筋が凍るかと思った。



後ろの方で、シーナが走り出す気配がした。
シーナが吐いた言葉を思い出して、ティルは胸元を握りしめていた手を離し、その掌を見つめる。

幼い頃から何度も豆を作っては潰し、硬くなってしまった手の皮。
その手を、シーナは何度も褒めてくれた。
豆を潰して血だらけになった手を消毒しながら、


―――俺も剣で豆が何度も潰れてて、痛いんだよな・・・。
ま、傷は男の勲章ってヤツだから!



そう言って優しく触れたシーナの手を。
褒めてくれた、その手で、振り払ってしまった。




そう、―――『また』。




ティルはその手を握りしめ、視線を動かさないまま、後ろから襲いかかってこようとした兵士を棍で薙ぎ払う。




「・・・僕だって、嫌いだよ」




―――こんな自分なんて。


走りながら溢れた言葉は、風に消されてしまって、誰の耳にも届くことはなかった。






+ + + + +






ルックは息を切らして漸く追いついたティルの様子に、驚きを隠せなかった。

元々体力が決して多いとは言えないルックはともかく、フェイだって息を切らしている。
けれど、ティルはこれくらいのことで息を切らすとは思えなかった。
幾ら兵士と戦ってきたとは言っても、殆どはビクトールが先陣を切って道を切り開いてくれたのだから、殆どの兵士は倒されていたはず。
後ろから追ってきた兵士達はおそらくティルの疾さには着いていけない。
だから、ティルが息を切らしてくるとは思っても見なかったのだ。

それによく見ると、顔色が悪い。
今朝はどちらかと言えば赤かったはずの頬は白いを通り越して青い。

そんなティルに近づこうとしてルックは足を踏み出したが、それよりもティルがフェイの元に行く方が早かった。




「・・・ティル、さん」

「・・・・・・君には、『軍主』と言う自覚はあるのか?」

「・・・なっ!」




近寄ってきたティルの瞳は酷く冷たく、そして鋭い。
けれど、フェイはそんなティルの言葉に黙したままで、実際ティルに反論しようと立ち上がったのは、フェイの側にいたナナミだった。




「そんな、酷い!フェイだって頑張っているのよ!?」

「頑張っているのかはどうでも良い。自覚があるのか、と聞いている」

「・・・・・・」

「もう解っているはずだ。あの場合、君が取るべき行動は違ったはずだ。幼い少女よりも、自分自身のことを考えるべきだった」

「・・・そう、ですけど・・・!」

「ティルさんは、ピリカちゃんのことを見捨てろって言うの!?フェイは間違ったことなんてしてない!!」

「・・・あそこでビクトールが入ってこなかったら、おそらく殺されていたのはピリカという少女ではなく、フェイ、君だよ。・・・間違いなく、ね」

「・・・ッ!?」

「そんなわけ、・・・だってティルさんだって・・・」

「僕が君たちを裏切る可能性だって零じゃなかった。今ここで、君たちをいつ殺そうか、考えているのかもしれないよ」




紫の瞳が鋭く光る。
その瞳に、真っ直ぐ見つめられたナナミは勿論、側にいた者の殆どは息を飲んだ。
フェイは思わず自分の隣に転がっているトンファーを掴む。


ルックはそんなティルの背中を見つめて、ため息を一つつく。

本当にティルは馬鹿だと思う。
ルックやビクトール、シーナにしてみれば、ティルの言葉が本気じゃないことぐらいわかる。
それが本気なら、ティルはそんな助言をする前に棍を振るっている。

フェイに自覚を持たせるために、態と挑発的に言っているのだ。

傷つくのは、自分自身なのに。




「今回のことは、偶然が重なった。
ジョウイの躊躇い・ビクトールの突入、それが偶々重なった。それだけ」

「・・・・・・・・・」

「君を失えば、同盟軍はどうなる?支柱を失った城は壊れるしかない」

「それでも、フェイは頑張っているの!軍主として、頑張って戦ってきた!今回だって、ピリカちゃんを助けようとしただけだもの。フェイは何も悪くない!!」

「・・・ナナミ・・・」

「・・・選択肢を間違えたら、待っているのは死だけだ。直ぐに選ばなければいけない選択をいつまでも引き延ばしにしていたら、多くの兵が死ぬ」

「フェイだって人間だもの。心があるの!迷わずにいられるはずがないじゃない!」

「その迷いが、多くの死を招く」

「なら、・・・なら、ティルさんが軍主になればいいじゃない!!」




ナナミの言葉に、誰もがナナミを見つめて瞠目した。
ティルはそんなナナミの言葉に、一瞬眉を寄せただけだった。




「そうよ!ティルさんが軍主になればいいのよ。解放軍を率いた『英雄』なんでしょう?父親を殺して、親友も失って、それでも帝国を打ち破った程の人だもん、同盟軍軍主を務めるくらいわけないでしょう!?」

「・・・・・・」

「フェイは貴方みたいに冷たい人間じゃない!完璧な人間じゃない!!フェイは貴方とは違う。普通の人間なの。貴方の意見を押しつけないで!!」




パシッ!と乾いた音が平野に広がる。

ナナミは熱い頬に手を伸ばし、少しうつろな視線で目の前にいる少年を見つめる。




「・・・それ、本気で言ってるわけ?」




真っ直ぐにナナミを射抜く碧の瞳にあるのは、怒り。
ナナミはその瞳に、唇を噛みしめる。

ルックはため息を一つついてナナミの側から離れる。


誰も、何も言うことは出来なかった。
静まりかえった平野に、風の音だけが聞こえる。

ティルはそんなナナミを見て、一度だけ視線を伏せた。




「・・・言いたいことは、それだけ?」




冷たい言葉だと、自分自身でも思う。

ナナミの言葉を否定する気にはなれなかった。
ティルは自分のことを完璧だとも、フェイに自分の意見を押しつけているとも思ってなかったが、ナナミの言葉の殆どは真実だったからだ。




「そうだね。僕は自分で父親を殺した。親友だって、殺した、って言っても間違いじゃないだろうね」




そう言うティルの瞳に、先程の冷たさも鋭さもない。
在るのは哀しみと、寂しさだけ。




「冷たい人間なんだと思う。けど、僕だって人間だから、完璧じゃない。だからこそ、テッドを助けられなかった」




ティルの落とした視線の先にあるのは、右手の甲。
袖の下に隠れてしまっている手の甲には、今、包帯は巻かれていない。
その恐るべき紋章が、姿を隠さず在る。




「別に完璧になれって言ってるんじゃない。・・・ただ、僕は誰かを失う哀しみを、知って欲しくはないから」




それだけを言うと、ティルはフェイ達に背を向ける。

そのまま去っていこうとしたティルに、今まで黙ったままでいたフェイが声を掛ける。




「ティルさんの考えは、正しいと思います。けれど、僕は・・・ティルさんが言ったとおりにはなれない」




その言葉に、ティルは足を止める。けれど振り返ることはなかった。
フェイはそのまま、背を向けたままのティルに言葉を続ける。




「それでも、僕は間違ったことをしたとは思わない。ピリカは心配だし、これからだって心配すると思う。
僕は、―――そんな軍主で良いと、思ってます」




一度風が吹いてから、ティルは振り返る。
真っ直ぐに見つめた青灰色の瞳に映るのは、意思の固い、琥珀の瞳。

その瞳にティルは笑みを返した。




「きっと、君はそんな軍主が似合うよ」




完璧すぎる軍主でもなく。
冷たい軍主でもなく。
化け物じみた軍主でもなく。

優しく、暖かで。
側にいる人の手を取り合って。
人間らしい、軍主が。




ティルは側にいたルックに、ね?と訊ねる。
その問いかけに、ルックは応えなかった。




「大丈夫、フェイは優しくて良い軍主になるよ」

「・・・誰もそんなこと心配してない―――

「『僕みたいな』軍主にはならない。きっと、良い軍主になるよ」




ルックの言葉を遮って言ったティルの言葉に、ルックは瞠目する。

確かに、ティルを嫌っている人間は多いかもしれない。

ナナミの言うように冷たい人間だと思っている人間は多い。
人の血は通っているのかと言う人間は決して少ないとは言えない。


けれど、一番ティルを嫌っているのは。




―――君自身じゃ、ないか・・・」




ルックは自分の手を握りしめた。
そして心の中で呟く。

―――馬鹿だ、と。









大切な者を護れなかった。

嫌いな紋章を宿した。

『冷たい』人間になった。


自分を嫌いになる理由はどんどん増えていくのに。

自分の好きになる理由は何一つ見つからなくて。




自分の全てを、好きなものの為に捧げようと思った。

そしたら、少しだけ好きになれる気がした。


例えそれが―――自己満足だったとしても。











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【abhorrence】・・・嫌悪・憎悪・大嫌い



* * * * * * * 後書き * * * * * * *




とことんマイナス思考に走ってますね、ティル。
でもそれがティルの本音なんです。

やっぱりルックの出番が少ないですね・・・。最後で良いトコを持って行くか!と思ってたんですけど、そうでもありませんでしたし。

おそらくルックはティルにいたいことがいっぱいあるでしょうね。
でもティルは態とそれを言わせないんです。

前回もそうなんですけれど、一部文字の色が変わっていることに気付きました?
この色ではなくこの色です。
この文字で書かれている文章は今後意味を持ってきますので、注意してくださいね。