後悔は、していない。
―――独りじゃないよ。
そう言って手を差し伸べてくれた少年。
優しく笑うその瞳は綺麗な青灰色。
短い漆黒の髪は若草色のバンダナに包まれている。
思わず手を伸ばしかけて、慌てて引っ込める。
だって、信じられない。
初めて『自分』と言う存在に気付いてくれた少年。
膝を抱えて、俯く自分に、微笑んでくれた少年。
目の前にいる少年が嘘をついているとは思えなかった。それでも、少年を信じられなかったのは、きっと、独りでいる時間が長すぎたから。
少年の前に『自分』を宿した少年は、三百年もの間側にいたというのに、『自分』に気付いてはくれなかった。
その前の宿主も、その前の前の宿主も。どの歴代の宿主も。
―――証拠が欲しい。
そう言うと、少年は何が良いの?と聞いてきた。
どうせ、何もくれるないのに。
そう思っていた。そう思いこんでいた。だから、少しだけ無理を言って困らせたかった。
―――・・・その、瞳を・・・
青灰色の瞳。綺麗だと、思った。ただ、それだけの理由。
元々何かをもらえるなんて思ってはいななかった。
無理難題を言えば、この少年も諦めると思っていた。
何かを『自分』にくれるというのは『契約』。
主の許可なしに、自ら力を振るうことを禁じられる。唯一の例外は主のみに危険が迫ったときだけ。
主は今まで以上の力を手に入れられる。けれど、その力はいつも以上に魔力を消費する。
契約を交わすつもりはなかった。
契約を交わした後に使える力は、あまりにも強すぎる。
けれど、少年は暫く躊躇った後、『良いよ』と答えた。
―――良いよ、あげる。片方だけだけれど。・・・それで、君が『独り』じゃなくなるのなら
伸ばされた手は、いつの間にか両手になっていて、背中に回されていた。
抱きしめられたと理解したのは、ぬくもりを感じたとき。
その温かさに、初めて涙を流した。
―――それと、名前をあげる
―――・・・なまえ?
―――ないと、不便だから・・・ね?
そう言って少年は目を瞑り、差し出すかのように顔を上げた。
一瞬だけ躊躇ってから、少年の左目に手を伸ばす。
瞑られた左目に手を翳すと、紫の光が左目を照らし出す。
光が収まるのと同時に開かれた瞳は、変わらない青灰色。
けれど、その瞳は何も映さない。映すのは、闇だけ。
代わりに、自分の左目が熱くなって、反射的に瞳を閉じる。
直ぐに痛みは治まり、ゆっくりと瞳を開くと、少年の顔がはっきりと見えた。
鏡はなかったけれど、自分の瞳の色が青灰色に変わったのだと知った。
―――・・・契約、だね?
―――知ってたの?
―――・・・知ってたよ。だけど、僕は君を縛りたい訳じゃない。契約で君を『孤独』から救えるなら、それでも良いと思ったんだよ。
少年の手が、瞳に掛かる前髪を退かす。
はっきりと見える右目で見つめて、「似合うね」と笑った。
―――これから君は、『ウィルド』だよ
―――うぃる、ど?
―――そう、『僕達の国』で闇を表す言葉
―――・・・なら、貴方の名前は?
そう訊ねると、少年は一瞬困ったような顔をした。
けれど直ぐに笑って。
―――僕はティル・・・ううん、ティリアス。ティリアス・レイン=マクドールだよ
この時のことは、絶対に忘れない。
例え、ティルを失い、長い刻が経ったとしても。
+ + + + +
風が啼いたような気がした。
風に揺れる髪が炎に照らされて朱に染まる。
それでも未だ襲いかかってくるゾンビ達の群れに向かって、棍を振りかざす。
ルックは魔力を使いすぎた所為か、立っていることもままならなかった。
黙ったまま、目を瞠り、ただ目の前にある背中を見つめる。
左目は元々見えないのだと、聞いていた。それで右目に怪我をして、何も見えないはずなのに。
なのにゾンビに向かっていくその姿からは、目が見えていないとは考えにくい。
そう考えて、思い出す緋色の瞳。
そして、先程から感じるソウルイーターの気配。
ティルの右手を見ると、彼の紋章は微かに光を帯びているようにも見える。
けれど、彼はその紋章は使っていない。使ったのは烈火の紋章だけ。
ルックがそう考えていると、ティルが動きを止めた。
「―――おやおや、真夜中だというのに騒がしいと思えば・・・あなたがたでしたか」
血色の悪い顔。黒いマント。口元から覗く牙。そして、―――紅い瞳。
このティントを襲っているゾンビの大元――ネクロード。
ルックは舌打ちしながら杖で身体を支えながら立ち上がる。
今戦闘になれば太刀打ちできないのは解っている。それでも、ティルの邪魔にだけはなりたくなかった。
「おや・・・?そこにいるのはソウルイーターの・・・。わざわざ来てくださったのですか?」
こちらが傷だらけと知っているのか、ネクロードはクスクスと笑いを零す。
ティルはそんなネクロードをキッと睨みつける。
今のルックにテレポートが出来るくらいの魔力は残っているだろうか、と考えながら。
「お二人ともぼろぼろではないですか。我が手下どもに酷くやられたようですね」
「その分の仕返しはさせてもらったよ。なんなら、貴方で試してあげようか?」
「その身体で?面白いことを仰る。月の紋章を私が宿していることくらいは知っているでしょう?」
「貴方も私がソウルイーターの主であることは知っているはず。力では劣らぬと思うけど?」
「残念ながら風の方はずいぶんお疲れの様子。帰って手当でもしてあげたらいかがでしょう。もっとも、帰れたらの話ですが―――」
そう言ってネクロードは黒いマントで口元を覆う。
それと同時にネクロードとティルの間に大きな波紋が出来、そこからゾンビがどんどん湧いて出てくる。
その光景を見て、ティルはため息をつく。
「・・・芸がないね」
近づいてくるゾンビを、一歩も動くことなく薙ぎ払う。
跳ばされたゾンビは大地に返るか、仲間と共倒れになる。
その片手で振り回す棍にどれくらいの力が込められているのか、たった一撃だというのに地に倒れ伏したゾンビが起きあがることは二度となかった。
まるでネクロードを挑発するように、ティルは口元に笑みを浮かべる。
ほんの少し顔を顰めたネクロードが指を鳴らすと、大地から湧くゾンビの数が倍に増えた。
それでもティルが慌てることはなかった。
右手を翳す。包帯の解かれた右手からは、その紋章がはっきりと伺える。
「―――ウィルド」
その言葉と同時に走った風。それはティルの周囲にいたゾンビ達を吹き飛ばし、ティルの目の前に道を造り出す。
もうティルに近づいてくるゾンビはいなかった。いるのはネクロードを守るため、ネクロードを取り囲んでいるゾンビ達だけだ。
ネクロードは目の前で起きた事を、その細い瞳を見開いて見つめていた。
ゾンビ達を薙ぎ払った風と共に現れたのは、幼い少年。
ふわりとティルの隣に舞い降りたその少年は、ティルの胸あたりまでしか背がない。
黒いマントを翻し、黒いフードから覗くのは銀の髪。
銀の髪の間から覗く右頬には、ティルの右手にある紋章と同じ文様。
そして、ティルと同じ、緋色と青灰色の瞳―――
その瞳はティルとは対称に、右目が緋色で左目が青灰色だ。
右手に握りしめる鋭い鎌。その姿はまるで、死神のよう。
「―――・・・正当な継承者でないお前では、僕の足元にも及ばないよ」
少年はネクロードを見つめ、嘲笑うかのように口元を緩める。
十歳くらいの幼い少年に嘲笑われたにもかかわらず、ネクロードは顔を顰めただけで、何の言葉も返せなかった。
少年はそんなネクロードにくす、と笑う。
それと同時に少年の身体がゆっくりと浮かぶ。そして、少年の胸がティルの頭の辺りまでくると、少年の身体は上昇を止め、少年はティルの後ろからティルの首に腕を回す。
「これ以上ティルを傷つけるなら、―――手加減はしないよ?」
ここまでくれば、少年がただの人間でないことは解る。
ルックは信じられないかのように翡翠の瞳を見開き、目の前の光景を見つめた。
そんなことがあるはずがない。
だって、どの書物にも書かれてはいなかった。
―――『生と死の紋章』に紋章の化身がいるなど。
「・・・もしや・・・『それ』は・・・!」
「ひどいなぁ、『それ』って僕のこと?・・・で、今更気付いたってわけ?」
少年の手が、ティルの右目に触れる。
白い光を放ったそれは、一瞬にしてティルの右目――正確に言えば瞼だが――の傷を治してしまう。
ティルは傷の残っていない右目にこびり付いている血を袖口で拭う。
そこには、傷のあった痕跡さえ残されていない。
ゆっくりと開かれたティルの右目は、炎に照らされて朱に染まりつつあるものの、いつもの青灰色。
その瞳を満足そうに眺めてから、少年はネクロードに向き直る。
その瞳はティルと同じ色なのに、酷く冷たい。
「僕の名前はウィルド。僕は、ティルと契約を交わすもの。
ティルの意思は僕の意思。ティルの命は僕の命。
ティルに危険が迫るなら僕はティルの盾となり剣となる。
それが―――ソウルイーター(とティルが交わした契約」
そう言ってウィルドは手を空に翳す。
風がうなり、啼き、ウィルドの手に集まっていく。
―――否、それは風ではなかった。
死んだとは言っても、それは魂をなくしただけであり、肉体は生きている。だから腐っていても歩けるのだ。
ウィルドはその肉体に残された『生』の力すらも吸い上げてしまおうとしている。
それにゾンビ達が嘆いているのだ。
既に力を奪われたゾンビは静かに土へと帰っていく。
気が付いたときにはゾンビは一体もいなくなっていた。
ウィルドは笑みを浮かべ、ネクロードを冷たい視線で睨み上げる。
「―――まだ、やる?」
その言葉に、ネクロードは眉根を寄せ、舌打ちをした。
そしてマントを翻すと、静かにその姿を消す。
その様子を最後まで見つめてから、ウィルドはティルの方に振り返った。
ふわりと身体を浮かせたままティルの目の前まで来て、ティルの顔に手を添える。
「・・・大丈夫?痛くない?」
そう聞いてくるウィルドに、ティルは小さく微笑んで「大丈夫」と答える。
こうしてみると、ウィルドも外見通り、年相応に見える。とは言っても、外見年齢と実年齢はずいぶん異なるのだろうけれども。
泣きそうな顔をしているウィルドの頭を軽く撫でると、ウィルドはほんの少し嬉しそうに笑ってティルの右手の甲―――紋章に口づける。
するとまるで吸い込まれていくようにウィルドの身体が消える。
ウィルドが消えていった紋章を一撫でしてからティルはルックに向き直る。
少しふらつく身体を引きづりながら、一歩ずつルックの側に近寄っていく。
「・・・大丈夫・・・では、ないね」
完全に魔力がつきているのか、ルックの額には玉のような汗が浮かび、いくらか呼吸も荒い。
この様な状況では顔色ははっきりとはうかがえないが、恐らくけして良いとは言えない顔色だろう。
けれど、無事。
何処にも怪我などしていないし、体調が優れないだけで、しっかりと視点の定まった瞳でこちらを見ている。
それだけで、充分だ。
ティルはその事にほっと息をついて、ルックの顔に手を伸ばす。
けれど、血で汚れた右手に気が付き、直ぐに戻す。
「せっかくだけど、これ以上は無理だろうから・・・」
「―――どうして・・・」
「・・・・・・え・・・?」
帰ろうか、と言おうとしたティルの言葉を、ルックが遮る。
ティルはそんなルックに聞き返し、ルックの顔を伺おうとしたが、ルックは俯いたままで表情は伺えない。
「どう、して・・・・・・ッ!」
ルックを襲う、やりきれない気持ち。
シーナの話によると、ティルの左目が闇に染まったのは四年前、解放戦争時代。
シーナが軍に入ったときには既にルックはティルの側にいた。
年齢が近いこともあって、何度も話しかけてくれた。
それを何度も無視したり、追い払ったりしたけれど、ティルは何度だって話しかけてくれた。
シーナも側にいた。けれどいつの間にかまたティルだけになってしまって。でもそれを気に留めることはなかった。
シーナがティルの側を離れていったのは、ティルがグレミオを失ったとき。
ティルが―――左目をソウルイーターに捧げたとき。
その時、一番側にいたのは、自分だったはずなのに。
その事実を、自分は知らなかった。気づけなかった、違和感すら感じなかった。
それが、悔しくて―――
「どうして・・・―――」
頼って、くれないんだ。
それを言う前に、ルックは言葉を失った。
ふと自分の肩に掛けられた重みに気付き、顔を上げる。
力なく握られた法衣。肩に掛かる、浅い息。
様子がおかしいと気付いたのは、いつも手遅れで。
「―――ティルッ!?」
自分の肩に額を寄せるティルの肩を掴んで起こそうとしたけれど、ティルの身体は力を失い、ぐったりとしている。
慌てて紋章を使おうとするが、既に魔力がつきていることを思い出し、舌打ちをする。
「―――動かないで。・・・そのまま、仰向けに寝かせて」
突如聞こえてきた声に、ルックは驚いて顔を上げる。
深く被った若草色のフードに隠れてしまった顔。
その中から覗くのは、月の光を浴びてより一層白く見える肌に、映える蒼い瞳。
若草色のマントを翻し駆け寄ってきたその少年は、背格好からしてティルと同じくらいの年だろう。
―――と言っても、ティルの外見と実年齢は違うのだが。
「ぼうっとしないで、はやく」
少年が誰だか解らないけれど、今は少年の言葉に従うしかなった。
ティルの頭をルックの膝の上に載せて、仰向けに寝かせる。
すると少年はティルの額に手を伸ばし、邪魔な前髪を除ける。
そこで漸く少年の両手に手袋がはめられており、手の甲が見えないことに気付いた。
「・・・・・・あんた、まさか―――?」
「大丈夫、魔力の遣い過ぎと、・・・貧血だよ」
ルックの言葉を遮るかのように少年が言う。
そ、とティルの胸の前に左手を翳すと、手の甲から淡い水色の光が漏れる。その光は流水の紋章か、水の紋章のものだ。
ゆっくりと癒されていくティルの身体を、ルックは黙ったまま見つめた。
そして魔力の残っていない自分が無様に感じて、悔しさのあまりに唇を噛みしめた。
少年はそんなルックを一度横目で見つめ、直ぐに視線をティルに戻す。
「怪我は治しておいたけど・・・貧血と魔力に関しては僕にはどうにも出来ないから、宿でゆっくりと休ませてあげて」
その少年の言葉に、ルックは黙ったまま、けれど素直に頷く。
汗で額に張り付いているティルの前髪をどかし、汗を拭ってやる。
ほのかに感じる体温は、夜の風に曝されたせいかいくらか冷たい。
恐らく寒さによる物だけではなく、血が足りない所為もあるのだろう。
「・・・・・・月の、紋章か・・・」
「え・・・?」
「いや、何でもない。この側に・・・ティントの他にもう一つ村があったね?」
「・・・ある、けど」
「そこに行こう。少しでも早く、彼を休ませてあげたいでしょ?」
そう言うと少年はルックに向かって左手を翳す。
小さく何かを呟くと先程と同じ光がルックの身体を包み込み、癒していく。
ルックはその治癒の速さに驚き、少年を見やる。見かけによらず――と言っても顔は見えないが――なかなか魔力は高いらしい。
ルックやティルとまでは行かないけれど、フェイと同等・・・もしくはそれ以上。
その事に驚きつつも、ゆっくりと立ち上がると、少しふらついたものの立てた。
少年の方に視線を向けると、少年はティルを背負い、静かに立ち上がる。
本来なら自分がティルを背負うと言いたいが、ルックにはそこまでの力はない。
幾ら傷が癒されたとはいえ、疲労までは回復されていない。
仕方なくティルが背負われるのを黙って見つめながら、ルックはきつく手を握りしめた。
+ + + + +
吐き気がする。
ティルは飛び起きるとほぼ同時に口元を抑えた。
それは思わす叫び出しそうになったためでもあったが、その後突如襲ってきた吐き気に、さらに強く口元を抑え、眉根を寄せた。
息を詰めていたせいか、少し苦しくなって、「は、」と短く息を吐き出すと口元から手を離し、天井を仰ぐ。
見上げた天井は少し古い感がある。
浅い呼吸を繰り返しながら視線を下ろしていくと、目に映るのは白いシーツ。
恐らく未だ夜が明けていないのだろう。窓の外は未だ闇色に染まっていた。
ティルは浅い呼吸を繰り返しながらも右手で顔を覆い、左手でシーツを握りしめる。
そして瞳をきつく閉ざし、大きく息を吸う。
ゆっくりと瞳を開くと同時に右手で前髪を握りしめる。右手首が視界の殆どを覆う中、ティルはその端に蒼い光を見つける。
シーツを握りしめる左手から発せられるその光は、だんだんとその輝きを失っていき、やがて消えた。
その様子を黙って見つめ、ティルはため息を漏らす。
「―――・・・ウィルド」
小さく呟くと、右手の甲がほんの少しだけ熱くなった。
いつもならきちんと返ってくる子供特有のアルトヴォイスが返ってこないのは、それだけティルの魔力が消費されてしまったからだろう。
ウィルドと交わした契約で、ウィルドという存在をティルは感じることが出来る。しかし、それもティルの魔力が在ってこそ。
元々誰かの瞳に映ることも、耳に届くこともないウィルドの存在を感じ取れるのは、ウィルドがティルの魔力を媒体としてその存在を保っているからである。
ウィルドが誰かに声を聞かせたいのならば、それ相応の魔力が必要となる。姿を見せるのも、同じこと。
昨夜のウィルドは姿を見せただけでなく、魔術も使った。
唯でさえ体調を崩していたティルにとって、それは大きな負担だった。
今は声が聞こえなくとも、そこにいると言うことが判れば充分だった。
声が聞こえたとしても、身体の心配をされるだけだろうけれども。
ティルが安堵の息をつくと同時に、部屋の中一杯にオレンジ色の光が満ちる。
まるで夕焼けのようなその眩しい光に、ティルは両目を瞑る。
光が収まっていき、ティルがゆっくりと瞳を開くと、今までは誰もいなかったそこに、一人の少年の姿があった。
腰まで届く長い茶色の髪。
前髪も長く、顔の左半分は髪に覆われてしまっている。
髪の間から除く瞳は、猫を思わせるような金色。
その瞳がティルの紫色の瞳とかち合うと、少年は安心したような、けれど何処か呆れたかのようにため息を吐き出した。
「―――心配させるなよ・・・」
少年はそう言ってからティルの寝台の方へと足を運ぶ。
ティルはその少年の言葉に思わず苦笑いをする。そして少年が近づいてきていることに気付き、慌てて寝台から降りようとした。
話をする上で、横になりながらでは悪いと思ったのだ。
けれど、足を下ろそうとしてシーツから足を出すと、少年が「寝てろ」と止めた。
「アイツが泣きそうな顔して帰ってきたから何かと思えばお前が倒れたって言うし。・・・魔力の遣い過ぎと、貧血だって?」
「・・・・・・心配、おかけしました」
「言うべき相手は俺じゃないだろ?お前をここに運んだのはアイツだ」
そう言いながら一向に横になろうとしないティルの足を無理矢理寝台の中に入れ、寝台に腰掛ける。
そしてティルの頭に手を載せ、そのままぽんぽん、と軽く叩く。
少年の行為に、ティルが驚いていると、少年が心配そうに瞳を細めた。
「何があった?」
「・・・・・・・・・」
「黙ってたらわかんねーだろ」
「・・・右目怪我して、ウィルドを呼び出した」
「・・・・・・貧血ってのは?」
「怪我をして、結構血を流したし・・・ここに来てから、シエラに血を上げてたんだけど・・・昨日は疲れたとか言って、結構吸われたから・・・」
「・・・・・・馬鹿だろ、お前」
少年の口からそう言う言葉が出るのを予測していたティルは、そのまま口を閉ざす。
自分でも愚かだとは思う。
けれど右目を怪我するなんて思ってもみなかったし、ウィルドを呼び出さねばならぬほど事態が悪化するとも思っていなかったのだ。
そんなティルの様子を見て、少年が待たしても呆れたようなため息を吐く。
「アイツにも言えることだけど・・・頭の良いヤツってこういう時に限って馬鹿なことをするんだよなぁ・・・」
「・・・・・・自覚は、してるよ」
「イリスに何回も言われてるんだろ?『無茶はするな』って」
「・・・うん」
「イリスがあの場にいたら、哀しそうな顔するか、罵られるか。どっちかだって解ってるだろ?」
少年の言葉に、ティルは恐らく両方だろうと思う。
『ソウルイーターの気配を感じたから何事かと思えば君は倒れているし、ルックって言う子もふらふらで立てないしねー。
あの子はどうか知らないけど、君が倒れるなんて滅多にないから心配したのに、何?貧血?魔力の遣い過ぎ?もう呆れるしかないよね。心配して損したって感じ?
だいたい君はお節介過ぎなんだよ。毎日シエラに血をあげていたんだって?馬鹿じゃない?
だから貧血になるんだよ。唯でさえ食が細いくせに。で、迷惑被るのはこっちなんだよねー。
さっきも言ったけど、怪我を治してあげたのは僕。ついでにあの子を治してあげたのも僕。
でもって倒れた君を背負ってここまで運んだのも僕。・・・あー、重かった重かった』
これくらい、言うだろう。そしてその後ティルを抱きしめながら、きっと。
『心配、したんだからね』
と言って泣くのだろう。
その様子を思い浮かべてティルは思わず笑みを漏らす。
心配してくれる人間が側にいると言うことは、とても幸せな事だ。
「そうだね・・・ロイも心配してくれたんでしょ?ありがとう」
ティルの言葉に少年――ロイは面食らったような顔をして目を瞬かせる。
そのあと少し照れたのか顔をそらして。
「その言葉は・・・アイツに言え。安心するだろうから」
「そうだね。・・・ロイ、心配してくれたお礼ついでにお願いがあるんだけど」
「・・・・・・どんな『ついで』だよ」
「ファルに、伝えて欲しいんだ」
ティルはシーツを握りしめていた左手を一瞬だけ見て、もう一度ロイに視線を向ける。
ティルの瞳は真っ直ぐにロイを映し出す。
ロイはその瞳を見つめて、思わず言葉を失う。
それから一度瞳を閉ざし、それから真っ直ぐにティルを見つめ返す。
「―――――『夢』を見た、と」