また一つ。

また、一つ。


どんどん積み上がっていく、疑問の山。


なのに、君は口を閉ざしたまま。

微笑んで、全て交わしてしまう。


『どうして?』

『何故?』

『お願いだから』


何て言ったら―――君は応えてくれるんですか・・・?










I N Q U I R E










未だ苦しそうに眉根を寄せたまま瞳を閉ざしているティルを起こさぬように気をつけながら、イリスがティントの町を歩いていく。
そして町を出ようとしたとき、ざ、と乾いた音がしてイリスが顔を上げる。

そこにいたのは、見慣れぬ軍勢。
その先頭に立つ二人の青年をみて、イリスの後ろにいたフェイが声を上げた。




「ジェス、さん・・・」




彼らの知り合いか、と一度フェイに向けた視線をもう一度ジェスという人物に向ける。
フェイに用があるのなら、イリスは先に帰ろうと思った。
少しでも早くティルを休ませてやりたい。
テレポートを使っても良いのだが、今、魔力が乏しいティルに負荷がかかる可能性がある。

ちら、とティルの顔に視線を向ける。
少し呼吸は落ち着いたものの、未だ顔色は芳しくない。

イリスが先に戻ることをフェイに告げようと後ろを振り返る。
フェイは真剣な表情でジェスを見つめ、少しずつ歩み寄るところだった。
そしてフェイとイリスがすれ違う瞬間、イリスが声をかけようと口を開いたその瞬間、ティントの入り口付近―――軍勢の後ろの方で異変が起こる。


まるで黄昏時のような眩い光に、その場にいた全員が光の方を見るが、しかしその眩しさ故に瞳を閉じる。
朱色の光は一瞬強さを増し、その次の瞬間には消えてしまった。

突然消えた光に、辺りがざわめき出す。
何かを感じ取ったのか、ルックは改めて杖を握り直す。
けれどそれが意味をなさないことを、イリスは解っていた。
その光は、イリスが見たことのあるものだったから。

やがてそれは軍勢の間を通り、イリスたちの前に姿を現した。




―――・・・やっぱりな・・・」




長い茶色の髪を結うことなく乾いた風に遊ばせている。
揺れる前髪から時折姿を見せる金色の左目は猫のよう。
その目がイリスの腕の中にいるティルを見て、迷うことなく歩を進めてくる。
それに気づき、イリスの横にいたフェイがティルを庇うかのようにイリスの前で腕を広げる。
それだけではない。
突然現れたその少年に警戒しているのは彼だけではない。
イリスの後ろでビクトールが剣を構え、ルックが魔力を集中させていることが気配だけで解る。

当たり前、といったら当たり前なのだろう。
今まで居なかった少年が姿を現す、それはつまり少年がテレポートしたと言うことだ。
テレポートはそんなに簡単にできる物ではない。
魔力の高い者ですら、それを習得するのに何年も、下手をしたら何十年もかかるのだから。

そんなフェイたちの警戒態勢を見て、少年は面倒だとでも言いたげにため息をつく。
それから何かに気がついたように、フェイの方を見る。
眉根を寄せ、まるで睨むかのような視線にフェイは一瞬怯み、けれど直ぐに構えたトンファーに力を込める。

しかし、少年の金の瞳は直ぐにフェイから逸らされた。
次に向けた視線の先にいたのは、ルックだった。
ルックを視界に入れたとたん、少年の眉根がさらにきつく寄せられる。




―――『盾』と、・・・『風』か・・・




その小さく動かされた唇の動きをとらえられたのは、イリスだけであろう。
この少年は見かけによらず、読唇術に長けている。だからこそ、それを隠すのも上手いのだ。
それを読み取るには、彼以上に長けていないと無理だろう。




「・・・ロ―――

「どけ。お前たちに危害を加えるつもりはない。用があるのはティルだけだ」




構えたままのフェイたちを無視して、少年が一歩踏み出し、ザッ、と乾いた土が音を立てる。
しかしその言葉を受けても、フェイはティルを庇い、イリスの前から退こうとはしない。

それにしびれを切らしたのか、ザッ、と少年がまた一歩近づく。
長い前髪に隠れそうになっている眉根は、もう寄せられてはいない。
その前髪を気怠そうに掻き上げて、呆れたかのような溜め息を吐く。




「先に言っておく。
退かないなら、実力行使に出るぜ?」




そう言って少年は不敵に笑う。
「掛かって来いよ」とでも言いたげに。

その余裕に満ちた言葉に、少年へと駆けだそうとしたフェイを、イリスは自身が一歩前に進み出ることで止める。




「・・・っ、イリスさん!?」

―――ロイ、彼らに怪我をさせたら、ティルが許さないよ」

「んなこと、解ってる。そう言うことを言うなら、お前がこいつらを止めろよ。
・・・それに―――俺たちにも『知る権利』はあるだろ?」




少年――ロイは『何が』とは言わなかった。
けれど、それが「彼らの実力」であることぐらい、わざわざ言われなくてもイリスには解る。

ロイは長い髪を揺らしながら、イリスに近づく。正確に言えば、ティルに、だ。
イリスがティルを抱え直し、近づいてくるロイに見せやすい体勢にする。
そしてロイがティルに手を伸ばそうとしたところで、それは遮られた。

ロイの手と、ティルの間にあるのは、杖。
ふわ、とその杖から巻き起こった風が、ロイの頬を掠る。
それと同時に走った一瞬の熱に、ルックから距離を取るように飛び退き、ティルの方に伸ばしかけた手で自分の頬を撫でると、何かが触れた。
それが自分の血だと気づくのに、時間は掛からなかった。

血の付いた指を舐め、ロイはその金色の瞳を、目の前の少年に向ける。




―――へぇ・・・?お前が『ルック』か?」




ルックは黙ったまま碧の瞳を細め、ゆっくり歩を進めながらロイを睨み上げる。
そしてロイの目の前で足を止め、ロイの顔のすぐ前に杖を掲げる。
その様子に、無意識の内に笑みが溢れる。
杖の先が魔力を帯びているのを感じながらも、ロイがそれに狼狽えることはない。




―――二つ」

「・・・・・・」

「アンタはティルの何?ティルに何の用がある?」

「・・・そんなことを訊いて、どうするわけ?」

「訊いてるのは、こっちなんだけど?」




スッ、とルックの杖の先がロイに向けられる。
ロイは一つため息をついてから両手を顔の横に挙げ、一歩だけ下がる。


さて、どうしたものか。
正直に答える訳にはいかない。
けれど下手な答えは、自分自身の首を絞めることになる。


ロイがそんな考えを巡らせていたとき、ティルの瞼が震えた。




「・・・・・・る・・・?ろ、ぃ・・・?」




その声に、ルックが振り返る。
その反動で杖がロイの顔に当たりそうになる。
当たらなかったのは、ロイの反射神経のおかげだろう。

また眠りの世界に入ってしまいそうになる瞳はゆっくりと瞬きを繰り返す。
その様子を見て、ルックはほっと安堵の息をついた。




「ティル・・・」

「・・・ここは、ティントの・・・?」




小さな声で訪ねるティルに、イリスが頷く。
そんなティルの弱々しい様子を見て、ロイはほっと安堵の息をつく。

ここにファルを連れてこなくて良かったと、ロイはつくづく思う。
ティルがネクロードにさらわれたと知った途端、蒼白な顔色のままティントに乗り込もうとしたファルがこのティルを見たなら、きっと騒ぎ立てるだろう。

普段は落ち着きがあり、どこか冷静と言うよりも冷徹な部分を持っている彼は、ティルのことになるとそれが欠けてしまうのだ。




「・・・イリス」

「解ってる。・・・無理はしないでよ?」




イリスはティルがちゃんと頷いたのを確認してから、ゆっくり膝を曲げ、丁寧にティルの足を地に下ろす。
まだ顔色が良いとはいえないが、それでもしっかり立ったティルは「ありがとう」とイリスに一言礼を述べると、今度はルックの方に向き直った。
その様子を、フェイやビクトールは心配そうな瞳で見つめる。けれど、それに口を挟むことはない。

解っているからだ。自分たちは入ってはいけないのだと。



「・・・ルック」




歩きにくいであろう赤いドレスを物ともせず、ふらつくこともなく、ティルはゆっくりとルックの傍まで歩み寄る。
その間、ティルの視線がルックからはずされることはない。
ルックの目の前までくると、ティルはルックの頬に手を伸ばしかけて、けれど途中でその手を止め、自分の胸に引き寄せた。
その時見せた哀しそうな顔に、ルックは眉根を寄せる。




「・・・・・・」

「ルック、ごめんね。・・・ありがとう」




それだけ言って、ティルは直ぐにロイの方に向き直った。
ロイはほっとしたように息をつく。そしてそれから、ティルの姿をじっと見つめる。




「・・・十二年前は、考えたこともなかったけど―――




今のティルと、重なる姿。

綺麗に腰の辺りで揺れていた長い髪。
前髪からのぞくのは、宝石のような紫の瞳。
真珠のような肌、というのはこの人のようなことを言うのだと、初めて知った。
楽しそうに語りかけてくる声は優しくて。

それなのに、一番印象に残っているのは。
儚そうに笑いながら、自分の左手の甲を撫でる仕草。

忘れられない。―――忘れる、はずがない。




「やっぱり、お前は―――リティア様あのひとに、よく似てる・・・」




ほんのかすかに溢れた声。おそらく聞こえたのはティルとルックだけだろう。

金の瞳は細められて、どこか苦しそうに見える。
それなのに、口元は笑みを浮かべていて。

けれどティルはその矛盾に口を挟んだりはしなかった。その代わりに、ロイと同じように少しだけ目を伏せる。
ルックは耳にしたことのない名前に、ティルの様子を窺うことしかできない。




「・・・ロイ、ファルは?」




少しだけ走った沈黙。それを打ち破るかのように、ティルはゆっくりと顔を上げながら言う。
まるでロイの溢してしまった言葉など、訊いていないような素振りで。
ロイはそれがティルの気遣いだと気づき、それに感謝しながら口を開く。




「・・・今は虎口の村に、おっさんと居る。明日には山を下りるつもりだ」

「そう・・・彼もここに・・・」

「『覚悟は出来てる』、だと。・・・ファル程じゃねぇけど、あいつだってお前の心配をしてる。顔ぐらい見せてやれよ」

「・・・うん。解ってる」

「それだけだ。オレはもう行く」




こく、とティルが頷く。それを見てロイもまた頷く。
そしてロイの視線がティルとルックの後ろで黙ったまま立っているイリスに向けられる。




「頼んだぜ?オレ達は『次』に行く」

「解ってる。気をつけて」




そのこと蛾を訊くが早いか、ロイはティルから一歩離れ、左手を翳す。
その瞬間、オレンジ色のまぶしい光が辺りを覆う。それはロイがこの場に現れたときと同じ光だった。
その眩しさに全員が自分の目を閉じ、それでも塞ぎきれない光を手で遮る。

光が消え去ったあとロイの居たところに残ったのは、乾いた砂だけだった。




「・・・ティル」




じっと黙ったままロイの立っていたところを見つめたまま立っているティルに、ルックが声を掛ける。
ティルはその声にゆっくり振り返る。

聞きたことは沢山あった。

ファルという人物のこと。
リティアと呼ばれた人物のこと。
ロイという少年のこと。
彼の持つ紋章のこと。
それから―――




―――ルック、ごめんね。・・・ありがとう




その言葉の、意味を。

何に対する謝罪なのか。何に対する感謝なのか。
ルックから魔力を奪ったことだろうか。
ルックが何回も止めているにもかかわらず無理をしたことだろうか。
それとも―――

問いたいことなど、山ほどある。
けれどルックがそれを口にする前に、ティルはゆっくりと振り返り、それから言った。




「さぁ、―――帰ろうか」




そしてティルは村の入り口に立っている軍勢に目を向ける。
否、その先頭に立っているジェスに、だろうか。




「その前に、アレをどうにかしなくちゃいけないけどね」




そう言ってティルはフェイに微笑みかける。
まるで、「頑張れ」と言うかのように。

フェイはそんなティルの視線を受けて、深く頷く。
そしてティルに背を向けて、軍勢の方に駆けていく。


見事説得が成功して、ジェスとハウザーと言う青年が軍に力を貸してくれると約束してくれるのは、それから直ぐのことだった。









悔しくてたまらない。


どうして、と。何故?と、訊くことさえも許されない。


君は、いつもそう。


いつも一人で先に行ってしまって。
何もかも、一人で抱え込もうとして。


そして、―――また。


訊こうとしても、君自身によって閉ざされてしまう。


ねぇ―――――


今、君はどうしたいの?

今、君は何をしているの?

いくつの秘密を、―――抱え込んでいるの?











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【inquire】・・・問う・尋ねる



* * * * * * * 後書き * * * * * * *




今回は短めです。
なんか出てくる人が多すぎて、上手くまとめられませんでしたね・・・
書いていた期間、空白が一ヶ月近くありまして・・・その所為で文章がめちゃくちゃになってます。

反省点が多すぎてきりがないので、内容に。

また謎が増えましたね・・・リティアって誰って話ですよね・・・。
それもそのうち出てきます。
かなり重要人物だと言うことだけは覚えておいてください。
・・・すでに予想つくとは思うのですが。

次はもう少し上手くまとめられるように頑張ります・・・